ж ж ж ж ж ж ж ж 桃花物語前編(シナリオ風歴史物語) 小山次郎 * * * * * * * * * * 時代は幕末。 地方の小さな藩内での出来事。 青春を共にした二人の下級武士の子である <進之介>と<清三郎>のその後の人生。 * * * * * * * * * * ○四季折々の風景 ○農家の座敷。 ○名主である清三郎が村方である組頭と百姓代の三人で話し合っている。 組頭 「今年も滞りなく終わって、ほんとに清三郎さんのおかげです。こんな面倒な書類書き、ワシらにはとても出来ませんですよ」 清三郎 「何をおっしゃいます。何にも知らなかった私に手取り足取り教えてくださったお二人のおかげですよ」 百姓代 「いいえ、ひとえに清三郎殿の勤勉実直な人柄のたまものですよ。先代はとにかく力仕事は何でも人任せにする方でしたから、それに比べたら清三郎さんは良くぞここまでお家を盛り上げたものだと思います」 組頭 「先代と比べたら雲泥の差ですね。とにかくあの方は色んな遊びが好きで、散財が激しかったのですよ。そうなるとすぐにあれこれと不都合が出来るようになって、村方の政務にも差しさわりが出るようになって、でもあの方は名主としての矜持を強く持っていましたので、当時は正直困り果てていましたからね。いやあ、さすがですね、清三郎さん有徳の人ですよ、ほんとにかつては修行をつんだ僧侶であったことに納得がいきますね」 清三郎 「いやあ、そんなことないですよ、私は僧侶不適格者、生臭坊主でしたから」 百姓代 「いや、いや、わしはこんなことを耳にしておりますよ。清三郎さんはもともとは武家の出だってことをね」 清三郎 「いや、そんなこと、もう遠い昔の過去とことですから、私はそんな時代のことは忘れておりますから」 * * * * * * * * * * ○四季折々の風景 ○清三郎が畑仕事をしているところに。薬や和紙やその他の日用品を売る贔屓の行商が通りかかる。 (その行商はときおり町場の出来事を清三郎に もたらしていた) 行商 「精が出ますね」 清三郎 「あっ、こんにちは、ご苦労さんです」 行商 「いつもお世話になっています」 清三郎 「そうだなあ、今日は特に入用なものはないんだな、せっかく来てくれたのに、申し訳ないすね」 行商 「いやあ、いいんですよ、そのうちにまた、ええ、でもね、町場がただならぬ雰囲気になっていたものですから、よろしければお耳に入れたいと思いましてね」 清三郎 「・・・・・」 行商 「噂によると、町奉行の配下の者のいざこざで、かなり上の役人が切り殺されたとか。大きな藩ではよく耳にすることだけど、こんな小さな藩で起こるなんてと、町のものはみんな何か騒乱の前触れかと手にものが付かない様子でした」 清三郎 「・・・・・」 行商 「はるか西のほうでは藩同士が、いや幕府とも戦を始めているというとか」 清三郎 「・・・・・」 行商 「いや、それでは、今日はもう少し遠くまで回ってみようと思ってますもんで」 清三郎 「また、よろしくたのみます」 ○行商との話が終わるまで離れて待っていた清三郎の六歳の子供伸介が近づいてくる。 伸介 「ババさまが用事があるって、すぐ来てくれって」 (清三郎は顔をしかめながら小さな声で言う) 清三郎 「用事だって、こっちはクソババアには用事はないんだけどなあ」 * * * * * * * * * * ○四季折々の風景 ○奥座敷で姑のトキと清三郎が対座している。 トキ 「清さん、今年の春作業の準備はどうなっておりますか?」 清三郎 「もう万端整っております」 トキ 「さすがですね、お礼を言いますよ」 清三郎 「いいえ」 トキ 「それでですね、いつかあなたに言おう言おうと思っていたことがあるんですよ」 清三郎 「何でしょうか?」 トキ 「あなたが武家の出であることを隠しながら、名主とはいえ、今にも破産してしまいそうなこの今村家に婿として入ってくださっただけではなく、その後わずかの年数のうちに当家を昔のように再興してくださったのですから、清三郎殿にはほんとうに感謝しております。謹んで感謝申し上げます。本当にありがとうございました」 清三郎 「いいえ、もったいない、このようになれたのも、すべては僧上がりの農事にまったく疎い私に手取り足取り教えて下さったトキ様のおかげだと思っております」 トキ 「いいえ、勤勉な清殿のおかげですよ。とにかくこれからもよろしくお願いしますよ」 清三郎 「こちらこそよろしくお願いします」 トキ 「ところで話は変わりますが、子供たちにはあまり汚い言葉を教えないほうがいいと思うのですが」 清三郎 「は、はい?」 トキ 「というのもね、さっき伸介が私にクソババアと言ったのですよ、にこにこしながらね。おそらく誰かが教えたから覚えたんでしょうけど、いったい誰が教えたんでしょうね?」 清三郎 「はっ、はい」 * * * * * * * * * * ○四季折々の風景 ○代官所から帰ってきた清三郎は土間で腰を掛け、妻キヌの出したお茶をすすっている。 清三郎 「明日妹のところに行こうと思っている。二年ほど合ってないな、ついでに父上や母上の墓参りにでも行って、あっ、そうそう、今日帰りがけ、藤沢(代官)様とちょっと話すことがあって、そのとき先日の役人同士の刃傷沙汰の話になって、聞くところによると、進之介という、ワシが若い頃に上山の家塾でいっしょに学んだ男が、裏でその出来事に関わっているという話になってね、それで今進之介は目付けからの正式な沙汰があるまで、蟄居の身となっているようなんだ。何でも殺された人の配下で進之介の上役とされる人はもう切腹を命じられたとかで、その騒動の原因となった不正と深く関わっていたという理由でね。妹ならそのことについて知っていると思うんで」 * * * * * * * * * * ○四季折々の風景 ○清三郎は、両親も亡くなり今は婿を取った妹が二人の子供たちと暮らしている久しぶりの我が家に帰る。 ○清三郎は家の門の前に立って懐かしそうにかつての我が家を見ている。 ○そのとき突然のように二人の子供が清三郎の脇を小走りで通り抜けて家の庭に入っていく。 ○やがてその姿が見えなくなってしばらくすると、妹の夫の昭栄があわてたような様子で清三郎に走り寄ってくる。 昭栄 「もしやと思いましたが、やはり兄上でしたか、ささどうぞ」 ○清三郎は家に案内される。 ○妹が出てきてお互いに軽く会釈をする。 ○清三郎は持ってきた春野菜を妹に渡す。 * * * * * * * * * * ○清三郎と昭栄と座敷で対座している。 昭栄 「みんなが言っているのは、そもそもは家老二人の派閥争いに端を発していて、その元での勘定奉行と町奉行の激しい反目、そしてそれぞれの配下の二人の刃傷沙汰のようです。それで進之介殿は殺された人の部下のようです。でもなぜか殺したほうには何のお咎めもなしで、殺されたほうの配下の者は切腹、そして進之介殿は蟄居と周りのものはみんな不思議かっていますが、おそらくそこには入札の不正とか、認可を下す際での賂とかが絡んでいるのではないかと言う者もいます。でも、私には信じられないのですよ。私は進之介様と何度かお会いすることがありましたのでよく知っているのですが、あの清廉で誠実な方はまさかそのようなことに手を染めているとは到底思えないのですよ」 清三郎 「進之介殿は正義感が強く厳しすぎるくらい仕事に熱心だったから、それで煙たく思った誰かに陥れられたのかもしれない」 * * * * * * * * * * ○昭栄が子供たちと庭の小さな菜園でジャガイモの植え付けをしている。 ○清三郎は縁側に腰を掛けてそれを見ている。 昭栄 「兄上、種芋の切口には灰をまぶすのですよね」 清三郎 「そうそう」 * * * * * * * * * * ○家事を終えた妹の千代が清三郎の後ろに座っている。 清三郎 「なんともほほえましい眺めじゃ、みんな仲よさそうで何よりじゃ。どう、千代、幸せかい?」 千代 「ええ、もったいないくらいに」 清三郎 「それはよかった。でもな、もう少しワシに兄としての甲斐性があったならなと思うよ。千代ほどの器量好なら、もう少し、、、、」 千代 「だめですよ、そんなことを言っては」 清三郎 「ああそうか、すまん、そうだったよな」 ○清三郎は苦笑いをしながら昭栄たちに眼をやる。 清三郎 「このたびの騒動のこと何か知っているかな?」 千代 「いえ、あまり詳しいことは。でも、たしか桐山進之介という方はお兄さまといっしょにお勤めをしていましたよね」 清三郎 「そうそう二十歳ごろ役所で同僚だった。というか、そもそも新山の家塾で幼い頃からいっしょに学んでいた友人ていうか、親友だったんだ。でもいつのまにか疎遠になったんだ。まあワシが侍をやめて仏門に入ったら仕方がないんだけどね、、、、」 千代 「お兄さま、ずっとお兄さまにお訊きしたいことがあったんですけど、いいですか?」 清三郎 「いいよ、何でも訊いて」 千代 「どうして役所勤めをやめて仏門に入ったのですか?」 清三郎 「えっ、どうしてだったかな、武士としての将来が見えなかったからかな、父上からも色んなことを聞いていたので、父上だって反対しなかったからね。ううん、そうだな、はっきりしたことは、、、、昔のことだから、よく覚えてないなよ」 千代 「私は覚えているのです、ある日の夜のこと。めったに酒を飲んで夜遅く帰ってくることのないお兄さまが、あのとき、家に入る前に、何か叫んでいましたね、怖いくらいに大声で、私はなんとなく察しました。なにかお兄さまの心を苦しめる何かがあったにちがいないと、、、、」 清三郎 「・・・・・」 千代 「でも翌朝は普段のお兄さまだったので気のせいかなとも思いましたが、私は気がかりでした。すると、やはりというか、それから数日もたたないうちに突然のように侍をやめて仏門に入るとかおっしゃって、やはりあのとき何かがあったのですね?」 清三郎 「・・・・・」 千代 「お兄さまの心を苦しめるようなことが」 清三郎 「いや、忘れたよ、何せ若かったからね、よく思い出せないよ。まあ、いいじゃないか、人間って変わるみたいだからさ、ワシだってだいぶ変わっていると思うよ」 千代 「そうなんでしょうけど、でもお兄さまは昔とちっとも変わっていませんよ、何か大変なことがあると、それを誰にも言わずにすぐ自分だけで解決しようとするところなんか」 清三郎 「へえ、そうなの? そのせいかな? そうそう、近頃ふと思うときがあるんだ、はたしてワシのやっていることが本当にみんなの役に立っているんだろうかって、とにかくあっちこっちと忙しくってね、ときどき何をやっているのか訳が判らなくなるときがあるんだよ、はっはっは、、、、」 千代 「まあ、そんなことはお兄さまの思い違いですよ、お兄さまは間違いなく皆のために役立っておりますよ。お兄さまはただ居るだけで、何も特別なことをしなくても、周りの人たちにどんなにか元気を与えているんですよ」 清三郎 「そうかな?」 千代 「そうですよ、お兄さまはご自分の真の姿に気づいていないだけですよ」 清三郎 「そうか、そうなのか、そういえばワシだって、周りのものから元気を与えられているな、千代をはじめ皆が生き生きとして幸せそうにしているのを見ると、心の底からほっとして今まで頑張ってきてよかったなとほんとに思うよな」 * * * * * * * * * * ○清三郎が菜園作りをする昭栄に歩み寄る。 清三郎 「これで申し分ないですね。半月後には芽が出てきますからね」 昭栄 「もうお帰りですか」 清三郎 「うん、何かと忙しくてね」 昭栄 「さすが兄上、評判とおりの方ですね」 清三郎 「いや、ところで妹千代を幸せにしてくれてありがとう」 昭栄 「何をおっしゃいますか、幸せにしてもらっているのは私のほうですよ。私こそあんなに気立てのよい千代殿と娶わせてくれた兄上にお礼を言いたいくらいですよ」 * * * * * * * * * * ○清三郎は家族みんなに見送られながら妹の家を後にする。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * ○季節は春。 ○ともに十七歳の若き清三郎と進之介が周囲が武家屋敷の道を家塾に向かって歩いていたが、いきなり向きを変えて歩き出す。 ○進之介が後ろを振り返る。 進之介 「今、先生の姿が見えた。見つかったかもしれない」 清三郎 「やばい、急ごう」 進之介 「追いかけてくるかな」 清三郎 「走ろう」 ○二人は笑顔で走り出す。やがてときおり後ろを振り返りながらゆっくりと歩き出す。 進之介 「ここまで来ればもう大丈夫だろう」 清三郎 「明日なんと言い訳しよう」 進之介 「風邪を引いたことにしよう」 清三郎 「二人いっしょにか?」 進之介 「大丈夫、ズル休みだなんてばれはしないよ」 清三郎 「何処に行く?」 進之介清三郎 「桜の森?!」 清三郎 「決まりだ!」 * * * * * * * * * * ○四季折々の風景 ○二人は町外れを見渡すことが出来る高台に腰を下ろしている。 ○晴れ渡った空のもと、遠くにトンビが飛び、近くには雲雀が天高く飛んでいる。 ○二人の背後の桜の木には満開に近いくらいに花が咲いている。 ○そしてその木の枝から枝え飛び移る小鳥の鳴き声が途切れることなく聞こえている。 進之介 「こういうのを自由っていうんだろうね」 清三郎 「そうだね」 進之介 「・・・・・」 清三郎 「何で塾で学ばなければならないんだろうね」 進之介 「立派な侍になるためじゃない」 清三郎 「立派な侍って?」 進之介 「・・・・・」 清三郎 「・・・・・」 * * * * * * * * * * ○四季折々の風景 ○満開に咲く桜の並木道のほうに眼をやっていた清三郎が話しかける。 清三郎 「何でここに来たか判ってるよね」 進之介 「あれだよ」 清三郎 「そうだよ、あれしかないよ。見て、ちょうどいい、行くぞ」 進之介 「予想通りだ」 * * * * * * * * * * ○四季折々の風景 ○桜の並木道を歩き出す清三郎と進之介。 ○その二人の反対側から年増女に連れられた二人の若い娘が歩いてくる。 ○彼らの距離がだんだん近づきやがてすれ違う。 清三郎 「見たか?」 進之介 「うん、見た見た」 清三郎 「お前、どっちが良い、オレは右だ」 進之介 「ええ、右」 清三郎 「いいよ、譲るよ、オレは左にするよ」 * * * * * * * * * * ○二人は振り返って娘たちを見る。 清三郎 「商家の娘かな?」 進之介 「武家の娘ではなさそうだな」 清三郎 「武家の娘は面倒くさそうだからな」 進之介 「それに比べたら商家の娘は気楽っていうか」 清三郎 「そうだよな、町でばったりあったりしてな」 * * * * * * * * * * ○娘たちを振り返ってみていた新之助が興奮気味に話しかける。 進之介 「おい、こっちを見ていたぞ、オレたちに関心があるのかな?」 清三郎 「ええ、ほんとかよ、今度町で会うのが楽しみだな」 進之介 「何処の娘たちだろう?」 清三郎 「そうだな」 * * * * * * * * * * ○四季折々の風景 ○桜が散り始めるとある午後、清三郎と千代と父親(清輔)の三人が六年前に亡くなって母親(キヌ)の墓参りから帰ってくる。 ○清輔が娘千代に話しかける。 清輔 「今日はお疲れだった。お茶でも飲んで少し休もう。そうだあれがあったろう、新しい奉行の就任祝いでもらった引き出物、練り菓子をだして、あれをみんなで食べよう」 * * * * * * * * * * ○四季折々の風景 ○三人で座敷に座ってお茶を飲んでいる。 清輔 「改めて言うのも何なんだけど、千代にいつかは言わなければならないと思っていたことがあるんだよ」 清三郎 「・・・・・」 千代 「・・・・・」 清輔 「キヌがなくなって以来、ずっと今まで家のことは千代にまかせっきりで、それなのに千代は何の不平をもらすこともなくもうしぶんなくやってくれた。おかげでワシらは本当に助かりましたよ。本当にありがとう、心から感謝しているよ」 千代 「いえ、そんな、当たり前のことをやっているだけですから」 清輔 「そうだろうけど、でももう少し他の娘たちのように出歩きさせればよかったのかのうと後悔もしているんだよ」 千代 「いいえ、私は今のままで十分に満足です」 清三郎 「・・・・・」 * * * * * * * * * * ○ときおり周囲の物音がひびきわたる家の外は薄暗くなってきている。 ○千代は夕食の準備に取り掛かっている。 ○ぽつねんと座っている清輔の前にひと用事を済ませた清三郎が座る。 清三郎 「父上、近頃なんとなく元気がなさそうに見えるのですが何か心配事でもあるのでしょうか?」 清輔 「いやな、ワシごときが心配してもどうにもなるものでもないが、わが藩は小さいからそれほどでもないが、隣の前川藩では、家老から足軽まで巻き込んで意見が二分しているそうだ。黒船が来て以来、開国すべきか、今のまま鎖国を続けるべきかってね」 清三郎 「父上はどういう考えなのですか?」 清輔 「うん、正直言って、よく判らんのだよ。開国すれば武士たちが上に立つ日本の社会がどうなるのか、でも鎖国を続けても今の体制がこのままずっと続くようにはみえないんだよね」 清三郎 「それはナゼですか。この日本に武士は必要ないということですか」 清輔 「そういうことではなくて、なんていうかな」 清三郎 「だって父上は少しぐらい体調が悪くても決して休むことなく勤めていますよね。それは必要だからでしょう、それは藩のためになるからでしょう、みんな藩のため、ひいてはこの日本国ためになるからがんばっているんですよね」 清輔 「そうなんだけど、でも今やっていることは何も武士がやる必要もないんだよ。だれだって教育を受け知識があればやれる仕事なんだよ。それに侍といってもさまざまだからね、やる人はやるけど、やらない人はぜんぜんやらない、でもそれでも不思議と成り立っているんだよね。それから、あまり大きな声ではいえないけど、上に行けば行くほど派閥争いに巻き込まれて、不正や計らい事に手を染めたり、賂で私服を肥や者を見て見ぬ振りをするようになったりするんだよ。それからいつだったか江戸詰めの者から聞いたことがあるんだけど、相当にひどいもんだね、武士としての誇りがなかったら、到底生きていけない生活のようだね」 清三郎 「父上は賂を受け取ったりしたことあるんですか?」 清輔 「ないない、ワシのような下っ端にはそのような力はないんでな」 清三郎 「誰か改革しようとする人は出て来ないんですか?」 清輔 「聞いたことがないな、みんなやっていることだからと思っているからじゃないかな。それで今まではうまくやってきたんだからね」 清三郎 「・・・・・」 清輔 「まあ、正直に言うと、もしお前がワシのように生きることが出来るなら、このままワシの後をついでもいいだろうが、いっそのこと侍にならずに他の道に進むことも決して悪いことではないと思っているよ」 清三郎 「・・・・・」 * * * * * * * * * * ○四季折々の風景 ○剣術の道場で師範代が清三郎たちを前に話している。 師範代 「いずれにしろそれを決めるのは江戸の将軍様だ。在所の我われに出来ることといったら、これから何が起ころうとも決して心を乱すことなく、主君に忠誠を尽くしは、日々剣術に励み、武家の師弟としてその名に恥じぬように生きることだけだ。本日は以上、解散」 * * * * * * * * * * ○清三郎と進之介は葉桜になった桜の森の並木道を歩いている。 進之介 「師範代のさっきの話し納得できた?」 清三郎 「何にも、よく大人たちがする話と変わりなかった」 * * * * * * * * * * ○四季折々の風景 ○二人は郊外を見渡せる高台に並んで腰をかけている。 進之介 「僕には君の父君の言いたいことが判るような気がする」 清三郎 「改革が難しいってこと」 進之介 「いや、無理をして武家の跡を継がなくてもいいってこと。こうやってのんびりと風景を見ていると、武士として生きることだけがすべてではないような気がするんだよね。この日本だけではなく、世界はもっと広くてそこにはもっと色んなことがあるような気がするんだよね。僕はそれを見てみたい知って見たいような気がするんだよ。でも、僕の父はたぶんそんなことは許さないだろうけどね」 清三郎 「でも、僕にはなぜ父たちが改革が出来ないのか不思議なんだ。僕は今の生活に不満は持ってないんだ。でも今日本が二つに分かれて争っているのは、今の体制に不満をもっている人たちがいっぱいいて、もし開国すれば日本は不満のない社会になると思っているからなんだよね。それならその前に今の不満がある社会を変えればいいと思うんだけど。でもそれを父たちは出来ないっていうんだよ。よく判らない。武士というのは本来勤勉で清廉で正義感が強いはずなんだけど。みんな本分を忘れているとしか思えない、だから武士同士が対立して争ったりするんだよ。みんな本分を取り戻して協力し合えば国は乱れることはないと思うんだけどね、だから俺たち武士階級がもっとしっかりしていれば日本が開国しようがしまいがどっちでもいいような気がするんだよ」 進之介 「そうだよね、我われ侍がしっかりしていれば、何も外国なんか頼る必要もなければ怖れる必要もないんだよね」 清三郎 「・・・・・」 進之介 「・・・・・」 ○二人はしばらく黙ったまま風景に目をやっている。 清三郎 「そうだね、日本は広い、世界は広い、きっと何かあるよ」 進之介 「今日、会えないかな?」 清三郎 「だれに?」 進之介 「この間の町娘たちに」 清三郎 「やっぱりそうか、実は正直に言うけど、ここに来た目的のほとんどはそれなんだよ」 進之介 「僕もそうだよ。また会いたいなあ」 清三郎 「もし会えたら今度は絶対に話しかけようと思うんだ」 進之介 「そうだね、町娘はいいなあ」 清三郎 「気安いからな」 進之介 「そうだ、そうだ」 二人は楽しそうにして葉桜の並木道を歩く。 * * * * * * * * * * ○季節は移り変わり、清三郎と進之介は役所勤めを始めている。 ○役所の周りの木々の葉は初夏の風に揺れている。 ○それぞれ違う部署で仕事をしている清三郎と進之介は控え所で昼食を共にしている。 進之介 「どう、仕事はうまく行っている?」 清三郎 「まあ、何とかやっているよ」 進之介 「人によってこんなにも違うとは思わなかった。やる人はやるけど、やらない人はぜんぜんやらない、怠ける人って人に押し付けても平気みたいだね。僕は頼まれると断りきれなくてついついがんばってしまうので、ホンとくたびれるよ」 清三郎 「僕のところにもそんな人がいるけど、まあ、しょうがないかと思うことにして、なるべく周りにに合わせることにして、無理をしないでっていうか適当にやることにしているよ」 進之介 「適当にね、、、、僕はそんな人を見るとどうしてもいらいらしてね、ときどき言い争ったりするんだ、、、、」 清三郎 「・・・・・」 進之介 「ところで聞いている?あの話しを、わが藩が今の停滞を打破する他藩に出遅れないようにするためにために打ち出した画期的な改革案、将来有望な若者を試験で登用するって案を」 清三郎 「うん、なんとなくね」 進之介 「どう、君は受けてみる?」 清三郎 「ちょっと迷っている」 進之介 「僕はそれはものすごくいいことだと思っているので受けてみようと思っているんだ」 清三郎 「そうだね、君が受けるなら僕も受けるよ」 * * * * * * * * * * ○屋敷町の取り囲むようにして広がっている水田は黄金色に染まっている。 ○清三郎は登用試験の合格者が書かれている張り紙を見ている。 ○清三郎は自分は不合格で、進之介が合格であることを知るが、それほどの落胆の色を見せることもなくその場から離れる。 * * * * * * * * * * ○周囲いの木々は紅葉し始めている。 ○清三郎たちが仕事をしているところに番頭に連れられた進之介がやってくる。 番頭 「みんな話しを聞いてくれ、本日から皆さんの仕事振りを監督される桐山進之介君だ」 進之介 「桐山進之介です、どうぞよろしくお願いします」 (清三郎たちはそれぞれ自分の名を名乗り挨拶をする) * * * * * * * * * * ○小春日和の温かい日差しが町屋敷を照らしている。 ○清三郎は役所の裏庭で同僚四五人が話しているのを傍で聞いている。 同僚A 「オレは聞き流しているよ、あいつがなんと言おうと」 同僚B 「山猿のことだろう、どうしようもないよ、人の使い方が判らないんだよ、まだ若いから」 同僚C 「こんなのは改革でもなんでもないよ、上はいったい何を考えているんだろうね」 同僚D 「俺は聞いているよ、奴は前の部署ではあんまり仕事ができなかったって、要領が悪くて時間ばかり掛けるって」 同僚A 「このあいだ見たよ、自分より年上の人を怒鳴っているのを」 同僚B 「何でも自分のやり方が正しいと思っているんだよ.ちょっとでも違うやり方をすると、キィキイ言ってさ、まさに山猿だよな」 清三郎 「・・・・・」 (それを聞きながら清三郎はそこで批判されているのは 進之介であることが判った) 二部に続く ![]() |