ж ж ж ж ж ж ж ж 忘れ去られた列島 神に生きる 狩宇無梨 ヤホムがこの北の地を訪れるのはこれで二度目で ある。家族の元を離れてから二週間ようやくその山 あいの目的地が見えてきた。はるか遠くの連山は白 い雪におおわれているが、周辺の森や林は晩秋の気 配を漂わせている。 ヤホムが最初にこの地を訪れたのは、かつての学 友であるカラムから、マシルがカラムの作ったタイ ムマシンに乗って、はるか昔のとある場所に行った きり、そのまま帰ってこなくなったという知らせを 受けてから半月後だった。 その場所というのは今自分の住んでいるこの島の 北方の地ということだった。 ヤホムはカラムの話を疑ってはいたが、何となく 興味をそそられたので、最初はこれといった目的も 抱かずにこの地を訪れたのだった。そして今回も似 たような考えでと言いたいところだったが、だがそ れはあくまでも表向きで、本当の理由は、最近にな ってこの地方の人間を見下したり誹謗したりする悪 い噂を耳にしていたので、どうしてもその原因を探 ろうと思ったからある。 視界を遮る最後の深い森に入る。山道は落ち葉に おおわれている。ヤホムは自分が生まれた大陸の地 より青い枯葉の割合が多いような気がした。 遠くから何やら叫ぶ男たちの声が聞こえてきた。 そして木々の間をヤホムとは離れるように走り去る シカの群れが見えた。 やがて毛皮に身を包んだ少し見覚えのある若い男 が走りながら現れた。手に棒のようなものを持った その男は、ヤホムを眼にするが、それほど表情を変 えずにそのまま走り去っていってしまった。ヤホム は向きを変え、再び何やら叫びながら走るその男の 後姿を眼で追った。その男の鋭い視線から、今彼は 集団で狩りをしているのだとヤホムは理解した。ム ラクと呼ばれる集団の男たちはときおり合同で狩り をするからである。 ヤホムは倒木に腰を掛け彼らと合流するのを待っ た。やがて男たちの集団が現れた。ほとんどの者は 野鳥やイノシシやシカなどの獲物を背負ったり手に したりしている。先頭を歩いている男がヤホムに気 付くとハッラといって近づいてきた。ヤホムもハッ ラといって応えた。ハッラはこの島のほとんどの地 域で通じて、出会ったときにどこでもいつでも使え る万能の挨拶言葉である。 先頭の男はモラクといい、狩りのときは積極的に 指示を与え、そしてムラクのだれからも慕われ信頼 されていて、いわゆるこの集団の実質的指導者、い わばカシラのようなものである。 ヤホムとモラクは最初の出会いで親友のような信 頼関係が築かれていた。モラクは 「今夜はここだ」 と大声でみんなに指示を与えた。すると他の男たち は、火を起こす者、薪を集める者、刃物を研ぐもの と、みんなそれぞれに何かの準備を始めた。そして すぐさま獲物を解体しはじめると、それを焼いたり、 燻製にしたりし始めた。 ヤホムはモラクに訊ねた。 「なぜムラク(集落)に帰って調理しないのか」 と。モラクは答えた。 「以前はそうでもなかったが、こういう生き物の血 が流れるのが好まないものがいるんだよ。とくにア イツらが、アイツらが来てからは、、、、」 たらふく食べた男たちは枯葉を集めそれを寝床に して眠ることになった。 ヤホムもモラクの近くに横になった。 モラクがヤホムに話しかけた。 「こんな冬まじかに何しに来たんだ?」 「みんなどうしているかと思ってね」 「ほんとか?」 「うん」 しばらくするとモラクの近くに臥せっているもの が小声で話しかけてきた。 「アニィ、どうしてクラはのろまなんだ。いつもぼ んやりしていて、もう少し奴が動いてくれていたら、 狩りだってもっと楽になるのにな、もっともっと獲 れるのにな」 「まあな、でもクラは、鼻が利くじゃないか、クラ の指さす方に行くとたいてい獲物が潜んでいるじ ゃないか、クラの役目はそれだけで十分なんだよ」 「そうかな、それなのに分け前はおんなじなんだか らな」 そのとき別の者がやはり小声で話しかける。 「ナリも似たようなもんだな、ずうたいが大きいく せに動き悪い、そのくせ叫んで合図も送らない、何 度取り逃がしたことか」 「まあ、いいじゃないか、ナリは言葉がうまく話せ ないんだよ。でもその分力持ちで皆よりいっぱい運 んでくれるじゃないか」 「、、、、」 やがて森は寝息だけの静けさに包まれた。 翌朝、鳥の声とともに目覚めたヤホムたちは自分 たちのムラク(集落)へと向かった。 家族が集団で住むムラクが見えてきたとき、その 手前に小さな茅葺小屋が見えてきた。するとモラク が仲間に、そこに住む者に焼いた野鳥の肉をもって いくように言った。すると誰かが不満げに言った。 「何であんな頑固じじぃに?」 「役立たずのくそじじぃに?」 「子供のころ、あのじじぃに怒られたことはあるけ ど、何かもらったことなんてないのによ」 ムラクの広場につくと子供から女まで狩りに出か けた男たちの家族が集まってきた。そして調理され た獲物がすべての住人に平等に分け与えられた。み んな祭りのときのように笑顔に満たされていた。 ムラク(集落)には数十の木の枝やカヤで作られた 小屋がある。そこにはそれぞれ家族が住んでいる。 モラクはヤホムをそんなとある小屋に案内した。 小屋からは若い女が出てきた。 モラクは手に持っていた調理済みの獲物の半分を その女に渡した。ヤホムはその女のお腹が大きく膨 らんでいるのを見て、その女はモラクの妻であるに ちがいないと思った。 そして残りの半分の獲物を持ったモラクはヤホム を次の場所へと案内した。 そこはムラク(集落)の周辺にある小さな茅葺小屋 だった。どうやらそれはモラクの家で、最近建てた ようだった。 小屋に入ったヤホムはすぐさまモラクに疑問をぶ っつけた。 「さっきの人とはいっしょに住まないのか?」 「ああ、ランね、ランが母親とか他の女姉妹と住ん でるから、オレは住まない、女たちと住んでるもの もいるけど、ほとんどの男たちは別々に住んでいる ね」 「ということは子供たちとも別ということですか」 「そうだよ、まあ、会いたいときに会いに行けばい いだけで、人によってあっちこっちに子供がいるこ ともあるからね。そのときは順番に会いに行けばい いだけで、オレもこの獲物どうしようかなって悩ん でいるんだよ。ヤラにあげようかなって、でもまあ、 今度はいいかって、たしかジンヤはヤラのこと好き だっていってたからなあ、でもなあ、それもヤラ次 第だからな、でもまあ今日は、せっかく遠くからや った来てくれたヤホムのためにということで、さあ、 遠慮なく食ってくれ」 満足げな笑みにあふれるモラクを見ながらヤホム はおそるおそる訊ねた。 「もしかしてヤラというは女の人?」 「そうだよ」 そう言うモラクの表情は先ほどと少しも変わって はなかった。 夫婦というものはその子供たちといっしょに家族 として同じところに住むものと思っていたヤホムに とって少し不思議な気もしたが、かつてはヤホムの 住む南方の集落でも夫婦は自分たちの都合のいいよ うに好きなように暮らしていたということを聞いて いたので、ここではいまだにそのような風習が続い ているにちがいないとヤホムは理解した。 モラクが何気なく話始める。 「どのくらい居るの?」 「雪が降る前までかな」 「そうだな雪が降ると何にもやることがなくなるか らな、獲物も狩りにくくなるしな、でも近頃は、他 にやることができてきたんだ。低くて平らなところ の木を切って、いまよりも米をいっぱい作るんだそ うだ。南の方から来たカンリと呼ばれる人たちの指 し図でな。そのカンリの話だと、米を作るとオレた ちの生活がよくなるんだそうだ。だから今は雪が降 ってもやることはあるんだ。そうなんだ、カンリの 指し図で夏の暑い時に大きな大きな小屋を作ったん だ。山からいっぱいいっぱい木を切り出してきてな、 それを皆で力を合わせて組み立ててな、それでその 周りは長い木で取り囲んでな、なんでも、そこでは 子供たちを集めて、これから役に立つ色んなことを 教えるんだそうだ。それに、たまに大人たちを集め て、空色の服を着たキョウシュと呼ばれる人があり がたい話してくれるそうだ。オレはまだ聞いたこと がないけどな、何かあったの?」 「いや何も、なんとなく来てみたかっただけ」 「よし、じゃあ、これから案内しよう、ここがどん なに変わったか見せてあげるよ」 二人は外に出て歩きだした。そして集落のはずれ に来るとモラクはそこから見える広い平地を指さし ながらヤホムに話しかける。 「ここが米を作るところ」 「収穫はあったの?」 「あった、小屋にためている」 「それで生活はよくなったの?」 「わからない、とったもの全部オレたちのものには ならないんだよ」 「そうかカンリか、カンリに無理やり持ってかれた の?」 「いや、みんなで話し合って、『カンリ様のおかげ でとれたんだから、カンリ様にも分けよう』ってこ とで、とれたコメの山をまず十に分けてそのうちの 三つかな」 そう言い終わるとモラクは集落のほうに振り向き、 そのはずれのほうを指さしながら再び話し始めた。 「あの高くて大きいのが、オレたちがこの夏の暑い ときにみんなで力を合わせて作った建物だ。その隣 にあるがコメをためている小屋だ」 ヤホムはその高くて大きい建物を"これはまるで砦 じゃないか"と思いながら耳を傾けている。 集落はすべての住民が集まれるほどの広場と、それ を取り囲むようにして多くの小屋で成り立っている。 ほとんどの小屋には人が住んでいるが、ところどころ に人が住んでいない小屋もあり、それらはみなすべて の住民が生きていくために必要なための道具や容器を 作ったり、森で採取した栗どんぐりクルミなどの食べ 物を大量に保管するための倉庫になっている。このこ とはこの地方に点在するほかの集落でもほとんど変わ りはないようだ。 モラクは集落を案内するといって歩き出した。 広場を歩きながらモラクが話始める。 「オレが子供のころはみんなで集まって、暗くなるま で走り回って遊んでいたもんだよ。でも今はだれもい ない。みんなあの建物に集まっているから、これから 生きていくために役に立つことを教えられているみた いなんだ。まあ、いいことなんだろうけど、オレには よく判らない。役に立つんだったら、弓や槍の作り方 や罠の掛け方知ったほうがいいとおもんだけどな」 大人の女たちとすれ違う。ヤホムは気付いた。何か が以前に滞在した時とは変わっていることに。それは 女たちが身に付けている服についてだった。大人の男 たちはいまだに粗荒に織られた布と動物の毛皮を身に 付けているが、女たちの服は色づきでしかも細やかに 織られた布で作られている。この傾向は、ヤホムが住 む南の地方ではすでにみられていたので、それが時間 とともにこの北の地方にまで広まってきたのだろうと ヤホムは理解しながらも、これらの布は決してこの島 で作られたものではなく、自分と同じように地球政府 の警戒の網の目をくぐってこの島に密入した者によっ てもたらされたのに違いないと思った。 モラクはとある小屋に入った。そこには数人の女た ちがいて何かを作っていた。土で作る水や食べ物の入 れ物のようだった。モラクの妻らしき先ほどの若い女 もいた。ほとんどの容器には曲線や直線の入り乱れた 複雑でしかも単純な模様が施されていた。来訪者の気 配に気付いたのかモラクの妻は二人のほうを振り向い た。そして少し表情を崩したあと再び作業に取り掛か った。モラクの妻は容器の周りを不規則な形で縁取り していた。 その様子をじっと見ながらモラクが話始めた。 「ラン、お前のやっている、どんな意味があるんだい、 何の役に立つんだい、余計なものにしか思えないんだ けど」 「いいのよ、意味なんてないのよ、こうしたいからこ うしてるだけなのよ」 「そうですか」 不思議そうな表情でそう言いながらモラクは、ヤホ ムをうながし外へと歩み始めた。 ヤホムは作業場の引き締まった雰囲気を感じ取りな がらも、モラクのようにその容器の形よりも、モラク の妻ランが振り向いたとき、その勢いで、それまで彼 女の耳を覆っていた髪の毛がはだけて、そのあらわに なった彼女の耳をみたとき、いままで眼にしたことの ないような、その異常にとんがった耳の形が気にかか り、なかなか忘れることができないでいた。 モラクは集落のはずれにある大きな建物を案内する といって歩く。しばらくすると男の子が近寄ってきた。 うまく言葉が話せないようで何やら必死に身振りで訴 えかける。それをモラクが読み取って言う。 「母親が、お腹が痛くて、朝から、汗をかいて苦しが っているってことか、うん、わかった。でも、どうし てお前、子供の集まりに行かないんだ?そうだよな、 心配だよな、ほっといていけないよな。まあ、あんな とこ行きたい奴だけ行けばいいんだよ、あとでカズリ に頼んで、ニガハッパをもっていくから、それまで待 ってるようにって」 モラクの話から、今どんな事態が起こっているかを 察したヤホムが話しかける。 「なんにでも効く薬いま持っているんだけ、どうかな」 それを聞いてモラクは何かを考えるように天を見上 げながらゆっくりと話し始めた。 「いや、それは、やめよう、いつでもあるもんではな いから、カズリに頼もう、今まで何度も助けてもらっ ているんだから」 カズリの住む小屋は少し集落はずれにあった。 モラクはヤホムを旅人として紹介すると、腹痛の薬 を求めに来たことを話した。薄い煙が立ち込め、薬草 なような少し異様な匂いのする小屋の奥のほうには、 形が様々な乾燥した葉っぱや根っこがぶら下がってい る。そして小屋の隅には土で作った容器が置いてある。 カズリは何やら納得したように頷きながら、そのうち のいくつかを手に取ると、それを丸めさらにそれを大 きな葉っぱに包んでモラクに手渡した。 二人は外に出て歩き出したが、ヤホムはカズリと接 しているときの違和感が気になっていた。 ヤホムが話しかける。 「カズリってなんとなく変な感じがしたんだけど、ど こが変なんだろう?」 「そうだろうな、初めての人は判んないだろうけど、 カズリは眼が見えないんだよ」 「えっ、じゃあどうして葉っぱや根っこを集めたりし ているんだよ」 「今は死んでいないんだけど、もともとは家族がいた んだよ、親たちもおんなじことをしていて、それでカ ズリは覚えたんだよ。でもカズリは眼が見えなくても、 鼻が人より何倍も利くんだよ。いや何十倍かな。少し 離れたところからでも、これはいい葉っぱだとか悪い 葉っぱだとかの区別がつくんだよ。手だってすごいん だよ、触っただけでどんなに小さいものでも区別がつ くんだよ。細かい模様だった判るみたいた。前にラン の作った入れ物を持ってきたとき、カズリは"うおっ" とか"わっ"とかって大声をあげながら触りまくってい たんだよ。あっ、それから気付いた?手の指が四本だ ったこと。ちょっと驚いたみたいだな。でもそんな人 いっぱいいるよ。どの家族にもひとりくらいはな。髪 の毛がない人、髪の毛が緑の人、それから男でも女で もない人、さっきの子供のように言葉を話せない人、 他にもいろいろと、死んだ爺さんの話だと昔は眼が四 つある人や、指が六本ある人がいたっていう話だよ。 ヤホムの住む南の方ではどうなんだい?」 「ほとんど見たことがない」 モラクが子どもに頼まれたニガハッパを届けた後、 二人はモラクの小屋に帰った。 毛皮の上に腰を下ろしたモラクが燻製にした鳥の肉 を傍らに引き寄せながら話始める。 「向こうに子どもはいるの?」 「うん」 「好きなオナゴはどのくらいいるの?」 ヤホムはやや笑みを浮かべて無言で人差し指を立 てる。 「そうだよな、オレには訳が分からないんだけど、 それがいいみたい雰囲気なんだ。あのカミビトが言 うようになってから、とくにそういう雰囲気が強く なって、まあ、それもいいか、ヤラは、森の向こう のムラクにいるんだけど、ヤラはランとは違う良い とこがあって惹かれるんだよな。でもな、ランに子 どもができたみたいだから、もういいかなって思っ てるんだ。それで今から行ってヤラと別れてこよう かなと思っている。それじゃ最後の贈り物を持って いくか」 「カミビトっただれのこと?」 「あの大きい建物で、みんなの前に立って、なんか 訳の判らない話をする人」 そういいながらモラクは立ち上がり、手に燻製に した鳥の肉を抱えながら小屋から出ていった。 モラクが出かけたあと、ヤホムは背負い袋から四 角く厚みのある黒光りのする物をとりだした。それ はヤホムが生まれ育った大陸の住人と連絡を取る装 置である。 ヤホムはこの二日間、様ざまなことを見聞きして、 不思議に思ったこと疑問に思ったことがあったので、 それをなんとか解決したいという気分になったからで ある。 ヤホムはリセに答えを求めた。リセは十代のころ の学友であり、他のだれよりも人間や人間の心に関 心があり、現在は精神科学者となっているので、き っと人間社会の文化や歴史にも詳しいに違いないと 思ったからである。 ヤホムはまず、自分は今、永久立ち入り禁止区域 であり、通称グリーンアイランド、学者やディレッ タントのあいだでは"ヤホン"と呼ばれている島にい ることを告げたあと、ここに住む人と、大陸に住む 人とは、生活状況からそのその考え方までかなり大 きな違いがあること、そして何よりも、その物質的 生活のレベルが低く、生きていくためには大変であ るにもかかわらず、それほど苦にならないくらいに、 みんな幸せそうに生きているということがちょっと 不思議であるということを、そしてその他にもたく さんの不思議なことや疑問に思ったことを、たとえ ば土器の異様な形の縁取りのことや、大陸に比べて、 その種類においてもその数においても非常に多くの 障碍者がいるということを報告してそのことへの意 見や感想を求めた。 幸運なのか日暮れ前にリセから次のような返答が 送られてきた。 《・・・・・・その場所は、私にとって今までほと んど関心がありませんでしたので、現在そこにはた くさんの人間が住んでいることを知って、ちょっと おどろきです。私たちはそこは大昔の核戦争によっ て破壊されて、人間が永久に立ち入ってはいけない 場所、永久に人間が住むことができない場所として 教わってきましたからね。 それではあなたの疑問にこたえたいと思います。 まずはそこに住む人たちですが、あなたが学んだと いう、その島の古代語が、今通じるということは、 かつての核戦争によって構造物は破壊されてしまっ たが、人間だけはどうにか生き残って延々と命の営 みを続けてきたということなんでしょうね。それか ら人々の習慣や考え方ですが、それほど不思議がる ほどのものではないようです。大昔からそのような 考えを持っていた民族はたくさんあります。という より現在もそのような考えをもって生きている人は たくさんいます。とくに男女関係においてはね。私 はある集団の考えや習慣が、異なる時代や地域から 見て、それがどんなに変わって見えようとも、それ でその集団の秩序が保たれるならそれで構わないと 思っています。とにかく人間集団の考えや習慣とい うものは時間とともにどんどん変わっていきますか ら。それから障碍者が多くみられるというは、核戦 争による放射能の影響だと思います。なにせ傷つけ られたDNAは遺伝し続けますから。最後に奇妙な 形をした土器についてですが、その島に初めて人間 が住み始めた太古の時代、ジョウモンと呼ばれてい た時代の人々はそれと同じような土器を作って生活 していました。いわば同じような環境や同じような 風土に生きていれば、人間というものはみな同じよ うな生活様式になるということでしょうか。風土が 生活や制度を作り、そして人間や歴史を作るという ことでしょうか。それからこんなことも判りました。 その島の北の方ではかつてはジパングと呼ばれてい て金が大量に産出していたらしく、そのおかげで周 辺を平伏させるほど大変繁栄して時期があったそう です・・・・・》 ナルイのリセより 昼でも小屋は薄暗い。 ヤホムはリセの返信に見入っている。 「それは何?」 振り向くとモラクが帰ってきていた。 「これは、、、、」 答えに詰まっているあいだにモラクは毛皮の上に 腰を下ろした。 「これは、、、うん、そうだ、海って知っている?」 「知っている、まだ見たことはないけど、塩を運ん でくる人に聞いたことがある。しょっぱい水がどこ までもどこまでも広がっているところだろう」 「うんそうだ。じつは、ここも、オレが今住んでい る南の方も、その海っていうのに囲まれているんだ、 島ってよばれてて」 「その上に葉っぱのように浮いているってことか」 「いや、浮いているっていうよりも、そう、川で水 から顔を出している大きな石のようなものかな」 「はあ、なるほど」 「それで、その広い広い海の向こうには、ここより も何倍も何百倍も広い所があるんだ、大陸といって、 そこにはオレたちと同じような人間が数えきれない くらい住んでいるんだ。ところで本当のことを言う と、オレは南の方に住んでいる人間ではないんだ、 もともとはその大陸で生まれ育ったんだ」 「そうだろうな、今までは何となく気づいてはいた んだ、オレたちとは少し顔かたちは違うからな」 「オレはそこで生まれて、育って、たくさんのこと を学んで、はっきり言って、そこは、どっちがいい とか悪いとかいうんではないけど、こことは考え方 も違うだけじゃなく、生活の仕方も全然違うんだ。 あっちは楽といえば楽、退屈といえば退屈、それに 比べてこっちは厳しいっていうか、、、、」 「でもオレはここで生まれて育って他所のことは判 らないから、何にも言えないけど、オレは今まで生 きてきてここの生活が厳しいとか苦しいなんて思っ たことはぜんぜんないよ、まあ、いままではだけど 、、、、」 「ところでこの島のこと、昔はどうだったか知って いる?」 「知らない」 「この島、大昔はヤホンと呼ばれていて、人間がた くさん住んでいて、とても豊かな生活をしていたん だ。でも世界を支配しようとする二つの大国の大喧 嘩に巻き込まれて、人間が住めないようなところに なってしまったんだよ。ここに居ると死んでしまう ような病気になるということで、住む人がいなくな ったんだよ。というよりもこの島には人間はぜった いに入っていけないと、その大陸の人たちは決めた んだよ。それっきりこの島のことは誰にも話題にさ れなくなり、忘れ去られ、歴史からも消えてしまっ たんだよ。かろうじて地図上には雑巾のようなシミ として、緑の島と名付けられて残っているけどね。 そういうわけだから、子どものころオレもこの島の ことを知らなかった。でもそのうちに歴史に興味が わくようになって、いろいろと調べていくうちに、 この島の過去のことが判ったんだよ。オレの名前の ヤホムというのも、この国の名前ヤホンに由来があ るということもね。はるか昔に先祖がこの島に住ん でいたみたいだ。それからというものは、かつてこ の島が栄えていた時代ことや、その頃に話されてい た古代語を学びはじめたんだ。それでさらに色いろ なことを知った。その頃の人たちは、どんな生活を していて、どんな考えを持っていたのかもね、それ で判ったことは、今の人たちとそれほど変わってい ないということが判った。それに生活が豊かだから って誰もが幸せであるとは限らないということも判 った。でもやがて色んなことを知っていくうちに、 どうしてもこの島に行きたくなって、数年前に秘か にこの島に入ったんだよ。そしてこの島の女性と知 り合いケッコンしたんだよ」 「ケッコン」 「そう、男と女がいっしょに住むこと」 「ほんとの気持ち、住み心地はどうなの?」 「何の不満もない、好き、できればずっと住んでい たい。それで大陸の人たちに今どういう人たちがど ういう生活をしているかを知らせてあげたい」 「満足しているんだ、オレもヤホムのように色んな 事を知ってはいないけど、今のままでとても満足し ている。仲間に囲まれ、子供たちに囲まれ、女たち に囲まれて、 みんなのためにあれやったり、こ れやったりしているのがとても楽しい、ほんとに満 足している、何も言うことはない、これがシアワセ ってこと、カミビトがよく言っている」 「うん、シアワセ、シアワセ」 「オレもずっとこのままでいい、どこにも行かなく てもいい、ずっとこの地に住み続けて、みんなのた めに頑張るさ」 そう話し続けるモラクを見ながらヤホムは、モラ クは今の生活に心から満足していて本当に幸せを感 じているんだと思った。そしてヤホムは、モラクは これまで自分が出会ったことがないような広い心と 豊かな感情を持った人間であることが判った。ヤホ ムはモラクの深い人間性にこれまで感じたことがな いような魅力を感じていた。 ヤホムが話しにくそうにして語りだす。 「それで、これなんだけど、、、これは、これで遠 く離れた大陸の人と話すことができるんだ。それか らこれで世界のこと、今世界で何が起こっているか を知ることができるんだ」 「マジュツみたいなもんだな、楽しいのか? 何か 役に立つのか?」 「楽しいといえば楽しい、役に立つといえば役に 立つ、便利といえば便利かな」 「ベンリ?」 「知りたいことすぐに教えてくれるから、でもそ れで楽しいかっていうとよくわからない、それで シアワセかっていうと、それもよく判らない、ま あ、あってもなくてもシアワセとは関係ないみた いだ」 「あっ、そうだ、ヤホムにあげたいものがあるん だ。寒くなってきたから、あったかいぞ」 そう言いながらモラクは立ち上がると壁にぶら 下げてあった毛皮の服をヤホムにわたした。 翌朝、ヤホムは野鳥の声とも人の声ともつかな い騒々しさで目覚める。外は晴天である。人の声 は広場からのようだ。そのときモラクが入ってき た。 「もう、みんな集まっているぞ、みんなに春ま での食べ物を配るんだ」 ヤホムは昨日モラクからもらった毛皮を着て広 場へと急いだ。 広場のところどころには倉庫から出された食べ 物が積まれてあり、そのそれぞれの場所には、主 に子どもたちが群がり始めていた。どうも分けら れた食べ物を受け取りに来ているようだった。大 人の女たちは手に持っている土器や木の容器から 何やら取りだして集まっている人たちに配ってい る。そして受け取った人はそれを食べている。女 たちはどうやらここですぐ食べられるものを、そ れぞれの家で調理して持ってきているらしかった。 分けられた食べ物を受け取る者、配られた料理を 食べる者、笑顔で話し合う大人たちの声、走りま わる子供たちのはしゃぎ声、みんな楽しそうで幸 せそうである。この賑わいにヤホムはこの集落の 秋祭りを感じた。 これらの分け与えられている食べ物は、集落の 男たちが、それぞれの季節に、山の奥まで入り込 んで採取してきて倉庫にたくわえていたものであ る。冬には食べ物が乏しくなるので、それを春ま で持たせるために集落のすべての人たちに配られ ているのである。食べ物は、栗 クルミ とちの実 キノコ類 それに食べられる木の根やイモなど、 それに春に採取された乾燥した山菜などである。 何のもめごともなく、配る者も笑顔、受け取る者 を笑顔である。配る者はそれぞれの家族の人数を 把握しているようである。そうな様子に眼をやり ながら、ヤホムはふと二人の男の姿が気になった。 身なりはこの島の人間のような服装をしているこ とから行商人にも見えないこともなかったが、そ の表情や醸し出す雰囲気からして少しもなじんで いるようには見えなかった。ヤホムは思った。自 分のように大陸から来た蜜入者に違いないと。何 のために、商売のためか、でもこの集落には大陸 と取引するような商品は見当たらない、薬草なの か? 金なのか? でも薬草というのはもうすでに 地球上のすべてで研究されつくされていて、もう 目新しいものはないはずた。リセの返信にあった ように、金か? 金は今でも重宝されそうだが、 でも今ここで金が発見されて発掘されているとい う話しを噂でも聞いたことがない。などとヤホム は様ざまな疑問が次から次へと浮かんできて不思 議な気持がした。でもあの二人が何らかの形で、 今現在大陸で着ているような服を新しい服として、 この集落の女たちにもたらしていることは確かな ような気がした。 やがて突然のように広場のとある場所から炎と ともに煙が上がった。いつの間にかに大量に集め られた薪に火がつけられたようだった。激しく燃 え盛る薪の間からはランたちが作っていた土器が 山積みとなって覗いていた。するとこれまでヤホ ムが見たこともない、おそろいの衣装を着た女た ち、それもまだ若い女たちが、その燃え盛る炎の 周りに集まりだした。そしてその若い女たちは、 炎を取り囲むようにして輪になると、ときには手 をつないだり、ときには皆で合わせるかのように 手を叩いてり 振ったり 上げたりしながら回り だした。少女たちはみんな楽しそうで太陽のよう な笑顔だった。ヤホムにとってそれはまるでダン スを見ているかのようだった。ヤホムは近くにい たモラクに話しかけた。 「この踊りは昔からやっているの?」 「いや、オレが子供のころは見たことがなかった。 初めのころは女たちが集まってはしゃいでいたみ たいだ、それがいつの間にかこんなふうになった みたいだ」 そんなとき近くから呼びかける声が聞こえてき た。 「さあ、さあ、もっと近くに集まって、さあてこ れからカンリ様の家で、大事なお話があるそうだ から、みんな集まるように、それから米の配りは それが終わってからだそうだ」 話している男はこの集落の最長老のようだった。 村人は群れとなって歩き出した。ヤホムからした ら砦としか思えないカンリの家に向かって。 高い門をくぐり、厚い扉をすり抜けて村人はカ ンリの家に入った。そこはいくつかの部屋に仕切 られていて、人びとが入った部屋は、村人全員が 入れるくらい広かった。その部屋は普段は子供た ちが集まって何かを学んでいるいる場所のようだ ったが、今日は大人だけのようだった。その部屋 の床は踏み固められ、この村の普通の家ではいま だ見たこともないような敷物が敷かれていた。 村人はその上に座り何かが始まるのを待つかの ようにみんな同じ方向を見ている。やがて奥の方 から青い服に身を包み光沢のある緑色のマントを 羽織った男が音もなく歩いてきた。するとモラク がつぶやいた。 「カミビトのおでましだ」 そしてその男がみんなの前に来ると恭しく頭を下 げると、なでるかのようにゆっくりと村人たちを 見渡しながらおもむろに話し始めた。 「今日は我らがカミの家にお越しいただいてあり がとう。それではこの前の続きを話したいと思い ます。その前に復習をします。たしか前々回は、 いま私たちが目にする全ての物、星も、雲も、木 も、草も、生き物も、そして私たち人間も、みん なカミ様という方が作ったものであること。そし てそのカミ様は永遠であること、さらにはその永 遠なるカミ様は自分が作ったものをどのように扱 おうとも自由であること、つまり気の向くままに それらを壊すことも、さらに思いのままに新しい ものを作ることができるということ、そのくらい カミ様は偉大であることを話しました。そして前 回は、そのカミ様は永遠であるにもかかわらず、 そのカミ様が作ったものはすべて時が来れば滅び てなくなってしまうこと、でも人間だけは特別な ものとしてとても丁寧に作ったこと、そしてカミ 様は人間を特別に可愛がるかのように、ほかの生 き物と違って、人間には考える力や心や魂という ものを与えてくれたということ。でも、そんなに カミ様から愛されている人間でさえ、カミ様のよ うな永遠の命は与えられなかったこと。それだけ ではなく人間はカミ様から考える力や心や魂を与 えられましたが、それと同時に人間は否応なしに 生まれかわるということも与えられたこと。賢く 美しい人間に生まれ変わるならいいんでしょうが、 地を這う汚らわしい生き物や、つねに捕食の恐怖 におびえている生き物に生まれ変わるということ。 もしそんな生き物に生まれ変わったらきっと耐え られないに違いないと話しましたね。そして最後 に、でもそんな宿命から逃れられる道が決して閉 ざされたわけではなく、人間として生きていると きの行いによっては、死んでもそのようなものに 二度と生まれ変わることなく、カミ様のような永 遠の命を得て、カミ様のもとで平穏に生きつづけ ることができるということを話しました。それで は今日は、私たち人間はどうすればその生まれ変 わりの連鎖を断ち切ってカミ様のような永遠の命 を得ることができるかについて話したいと思いま す。どうですか皆さん、今満足してますか? 何か 不満はないですか? みんなそれぞれに何かあるで しょう。あの人はいうことをきいてくれないとか、 あの人は勝手だとか、あの人はずるいとか、あの 人は人を悪く言うとか、どうですか、そういうこ とっ てずっとあるでしょう、死ぬまであるん でしょうね、いやですね、そんなことのない平穏 な気持ちになってシアワセになりたいですよね。 それでそのような不満な気持ちのまま死んで、そ の後はおぞましい生き物など生まれ変わって苦し みたくありませんよね。でもそうならないように することができるんですよ。みなさんの日頃の行 いで生まれ変わることなく永遠の命に入ることが できるんですよ。そのためには大きく分けて二つ の方法があります。それは苦しい修行積むこと、 それから日頃から正しいとされる行いをすること です。修行についてはあとの機会にまわして、今 日はだれでもできる正しい行いについて話します。 私たち人間が日頃から行うべき正しい行いとは、 まずは私たちを生んでくれた親を敬い大切にする ことです。それは生きているときも死んでいると きも同じです。皆さんは親が死んだときどうして ますか、少し離れたところに穴を掘って埋めてい ますね。でもそれっきりではないですか、それは 正しい行いではありません。正しい行いとは、そ の埋めた穴の上に木や石などの印を置いてハカと したあと、皆さんが普段めったに食べることのな いような珍して食べ物を供えたり、きれいな花を 供えたりして、両手を合わせて、死んだ後の生活 が穏やかであることを祈りながら、この世に産ん で育ててくれたことに感謝の気持ちをささげるの です。それはなくなった時だけではなく、冬や夏 のあとの昼と夜が同じ長さになったときにも行う のです。それはできれば親の親にもつまりみなさ んのセンゾにも行うことがいいでしょう。それか ら親と子供は家族となって同じ屋根の下に住むと いうことです。また男も女も別のところに違う家 族は作ってはいけないということです。それから 人を殺すことはもちろんですが他の人に危害を加 えてはいけません。それから人から物を盗んでは いけません。それから人を妬んだり人のことを悪 く言ってはいけません。それからみだりに生き物 を殺してはいけません。以上これらの正しいこと を皆さんが自分からすすんで、また他の人にもす すめながら、老いて命がなくなるまで守っていた ら、死んだあと汚らわしい虫などには生まれ変わ ることなく、永遠なるカミ様のもと平穏に過ごす ことができるでしょう。ではもし皆さんがこれら のことを守らなかったら、というよりももしすす んでこのような悪いことを行ったらどうなるので しょう。次にそのことを話します。もし皆さんが やるべきことを行わずにやってはいけないことを 行ったらどうなるか、それはジゴクに落ちます。 確実にジゴクというところに落ちます。あっそう です、先ほど言い忘れましたが、死んだあと永遠 なるカミ様のもと、平穏に過ごすことができると いいましたが、その場所はテンゴクと言います。 テンゴクというのはさっき話したようにすばらし いところです、でも今言った地獄というところは、 とんでもないところです。そこに落ちたものは生 きたまま焼かれたり、大きな石につぶされたり、 穴に埋められたり、舌を抜かれたり、手足を切断 されたりするところなのです」 そのとき奥の方から黄色い服を着た男が入って きた。その男は折りたたんだ布切れを持っていた。 村人たちはその入ってきた男を見て少しざわつい た。でもすぐに青服の男に注意を向けた。 黄色い服の男がその持っていた布切れを広げる と、その上に描かれた絵が現れた。それは先ほど 青服の男が話したジゴクの様子を描いたものらし かった。村人たちは静かにはその絵に見入ってい る。青色の服の男は絵に眼をやりながらさらに話 を続ける。 「そうなんですね、恐ろしいことですね、さぞや おどろかれたでしょうが、でも全く心配はありま せん。皆さんが私の言うとおりに、正しいとされ る行いだけをしていたらまちがいなく、永遠なる カミ様の家であるテンゴクで、死後も同じ魂を持 った人間として穏やかに過ごすことができるので すから、、、、では最後に、先ほど少しふれまし た修行についてですが、修行を積むことよって、 生きているうちに、死んだあとはカミ様の住むテ ンゴクに行けることが約束されるということなん ですが、それは真実です。でもそれは選ばれた者 だけがなしえることなのです。なぜなら、その修 行というのはあまりにも過酷で辛いので、普通の 人間は成し遂げることができないからです。ちょ うど良い、皆さんの前にいるジュシであるサラム は、なんか聞くところによると、この村の出身の ようで、今その修行に入っているようです。まじ めで頑張っているようなのですが、とても過酷で 大変のようです。これからどのくらいかかるのか 判らないといっています。それではその修行につ いての詳しい話は次回以降にして、本日はこの辺 で終わりにしたいと思います」 部屋を出る村人に向かって誰かが 「隣の小屋でコメを配るからもらっていくように」 と叫んだ。 外に出た村人たちは米倉庫の周りに集まった。 やがてカンリとそれに従うようにして二人の男が 現れた。 「あいつらヨンサとスンジではないか?」 と誰かがつぶやくように言った。するとヨンサが みんなの前に出てきて 「これから米配るから、並んで、ちゃんと並んで」 と少し怒鳴るように叫んだ。 そしてスンジも 「はやく、だらだらしない、ちゃんと並んで」 と少しイライラしたように叫んだ。するとそれに 反応するかのように 「何をやっているんだろう?」 とつぶやくモラクの言葉がヤホムの耳にとどいた。 ヤホムはモラクに近づき話しかける。 「おそらくみんなに平等に配ろうとしているんだ ろう」 「ビョウドウに?」 「うん、みんなに公平に」 「コウヘイに?」 やがて怪訝そうな表情をしながら列を作った村 人に米が配られた。ヨンサとスンジがその役を担 った。まずヨンサが名前を聞き、その名前をカン リ告げ、カンリはその名前を手に持っていた紙に 記入した。そしてスンジは手に持っていた木製の 小さい器を使って何度もくりかえしながら村人が 持ってきた竹製のザルにコメを入れはじめた。そ の回数はそれぞれの家族の人数で計算されあらか じめ決められているようだあった。 「カンリは何やっているの?」 とモラクはヤホムに訊ねるように言った。 「たぶん、記録しているんだろう。文字で」 「モジで? ああ、子供たちがここに集まって教 えられているというやつか、でもなんで記録する んだい?」 「二度も三度ももらって、ずるいことさせないよ うにするためなんだよ」 皆に配り終わったころ、スンジが大声で話し始 めた。 「今度配るのは十日後だから、そのときは今日み たいにだらだらしないできちんと並んで待つよう に」 そして村人はそれぞれの家に散るように帰って いった。 モラクとヤホムが家に帰ってしばらくすると、 カンリの建物で黄色い服を着て村人の前に現れた 男が突然のようにやってきた。男の名前はサラム。 モラクとその男は向かい合って座り話始める。 ヤホムは二人の会話の邪魔にならないように部屋 の隅に離れて座っている。 「サラムがこの村を出たのはいつだっけ」 「たしか五年前」 「それ以来か、何かこの村に不満があったのか?」 「いや、そんなことは、、、、小さいころからっ ていうか、あるときから、オレたちの世界はここ だけかなって思うようになっていて、なんかほか にもっと別の世界があるんじゃないかって思うよ うになっていて、そのうちに旅をする人や、塩や 魚を運んでくる人たちから色んな事を聞くように なって、南の方に行くともっとたくさんの人間が 住んでいて、色んな人間がいるとか、色んな変わ ったことがあるとか聞くようになって、それから オレたちの住んでいるところは海というものに囲 まれていて、その向こうには大陸というものがあ って、そこにはさらに多くの人間が住んでいると いうことを聞いたりしていくうちに、どうしても 知りたくなってね、それで村を出たんだよ。それ で南の方で最も大きいザイゴという町に着いて、 そこでいろんなことを知っていくうちに、みんな からキョウシュ様と呼ばれるあの青い服を身に付 けたお方 ここではカミビトと呼ばれているみたい だけど、あの方と知り合ってね、色んなことを教 えられたり学んだりしていくうちに、あの方の教 えに従うことを決めたんだよ。その教えというの はとても素晴らしいものなんだ。この宇宙 空も星 も山も人もすべてを含めたこの世界はどうなって いるかだとか、人間はなぜ生まれてそして死んで いくんだとか、その教えはオレがこの村にいたと きに秘かに感じていた疑問に答えてくれるものだ った。人間は死んだらどうなるんだろうか、土穴 に埋められてそれでおしまいなんだろうかって、 オレたちが生きていることには何かもっと深い意 味があるんではないだろうかって その頃は毎日の ように考えていたからね。とにかくこの世界のこ とを知りたかったんだ。でもキョウシ様は私の疑 問に 私のすべての疑問に答えを与えてくれたの です。この宇宙に存在するすべてのものは永遠な るカミ様が作ったのだということ、もちろん私た ち人間もですが、それでカミ様は私たち人間を愛 するあまり自分の姿に似せて私たちを作りました。 そしてカミ様は私たち人間をとても大切なものと 考えて他の何よりも愛してくれて、心とか魂とか 知恵というものを与えて、死後も私たちの肉体が 滅びてもその心や魂は永遠の命を得て、永遠なる カミ様のもとで、つまりテンゴクですね、そこで 幸せに過ごすことができるというようにしてくれ たのです。でもそれはあくまでもカミ様の思いで あり計画にすぎませんでした。というのも人間は 自分たちが神様に愛されていることに甘え、そし て自分たちは他の生き物よりも知恵があることを 鼻にかけては欲望の赴くままに好きかってなこと をするというわがままぶりと傲慢さを発揮するよ うになったのです。その結果として人間の世界は 盗みや人殺しがはびこるようになり、乱れに乱れ ていったのです。当初神様は人間であればだれで も、テンゴクに向かい入れてくれたようですが、 悪いことをした人間がテンゴクに行けるというこ とに不条理さを感じて、その後は正しいことをし た人間だけが入れるようにテンゴクの門を狭くし たようです。それでも人間社会の乱れがおさまる どころかますます激しくなってくると、カミ様は そんな人間を見放すというか、人間そのものに関 心を持たなくなり、テンゴクの門を完全に閉じる ようになりました。人間たちはその知恵のおかげ で、邪悪な人間の死後は地獄に落ちたり、汚らわ しいものに生まれ変わったりして苦しむというこ とに気付きつつも、その強欲さから決してみずか らの行いを改めることはなく、そんな人間たちで あふれた世界ははます秩序のない乱れに乱れたも のになっていきました。でもやがてカミ様は、自 分が創造した人間たちがお互いに攻撃しあいなが らそんなにもあえぎ苦しんでいるのを見かねて、 自分の考えを代弁する人 預言者を、その名に値す る人とは、この堕落した社会を秘かに嘆き悲しん でいる知恵ある人たちのことですが、その預言者た ちを通じて自分の考えを人間たちに伝えて、人間 が再び良い行いができるようにと、更生する機会 を与えてくれたのです。それでそれからは預言者 からはこのようなことがはっきりと語られるよう になりました。悪い行いをやめて悔い改めれば死 後テンゴクに行けることをカミは約束すると。そ れからもし生きている間に諸悪の根源である欲望 を断ち切ることができれば、死後は他の生き物に 生まれ変わることなくカミのような永遠の命を得 られるということを。悪い行いとは、先ほどレイ シャでキョウシ様がおっしゃったようなことです。 欲望とはまさに諸悪の根源です。そのために私た ち人間は生きながら悩み苦しむのです。もしそれ を断ち切れば人間は死後カミ様のような永遠の命 を得て穏やかに過ごすことができるということで す。欲望を断ち切ることをクダツといいます。そ れは過酷な修行によってわうやく到達できる境地 です。いま私はキョウシュ様の指導で行っていま す。もし私がグダツの境地に至ったら、これまで に抱いていた様ざまな疑問がかいけつされるだけ ではなく、これまでずっと私の苦しみと悩みのも ととなっていた色んな思いや感情からも解放され るでしょう。そうなることを今ほんとに望んでい るんだ。ところで、モラク、アニィは今まで悩ん だり色んな感情で苦しめられたことはないの?」 「ううん、ないな、ないんだよな」 「そうだよな、アニィはずっとそんな感じだった よな。アニィはいつもみんなの先頭にいて何かを やっていた。アニィが怒っているのを見たことが ない、だからいつもみんなはアニィを頼りにして アニィの周りに集まっていた。そんなときはアニ ィもみんなも楽しそうだった。私もそのときはた しかに楽しかった。でもみんなから離れて独りに なるととても空しい気持ちになるんだ。そんなと きにいつも思うんだ。私って何だろう、人はなぜ 仕事をするんだろうか、人はなぜ生きるんだろう か、この村の外はどうなっているんだろうか、人 って何だろうって、そして私って何だろうかとか、 いろいろと考えるんだよ。アニィにはそんなこと はなかった?」 「オレにもそんな気持ち、空しくなる気持ちあっ たと思うよ。でもオレはだからと言ってサラムみ たいなことは考えなかった。そんなときオレはい つも"次からはこんな方法でやったらうまくいくだ ろう"とか"またみんなと会えるのが楽しみだなあ "とか、"そのときにまたみんなの笑顔が見れるのが 待ちきれないな"とか、そんなことばかりを考えて いたよ」 「アニィは心ってわかるよね」 「うん、こころ、こころね」 「アニィは心を持っているよね」 「もってるよ、たぶんね」 「その心ってアニィのものだよね」 「オレのもの! オレのもの?」 「そうだよ、じゃあ、心ってどこにあると思う」 「ここ、頭、ここ、胸」 「そうだよね、それならやっぱり心って持ってい る人のものだよね。アニィの心はアニィのもの、 私の心は私のものそうだよね」 「そうですかね」 「やっぱりね。なんかアニィと話をしていると、 本来自分のものであるはずの心が、どこにあるん だろうかというか、もしかしたらないのではない かと、さっきからこうして話していてふと感じた だよ」 「本当はアニィには心があるよね。心を自分のも のだと思っているよね」 「いやあ、自分のものだと思いたいんだけど、よ く変わるんだよね、だからどれが本当の自分の心 だかわかんないんだよね」 「まあ、いいさ、少し話は変わるが、どうだモラ クこの地域を治めてみないか?」 「オサメルって?」 「みんなの上に立った指導することさ」 「何をやる?」 「みんなの名前やここに住んでいる人の数とかを 紙に記録するんだ」 「ああ、さっきやっていたよ うなやつね、でもオレは無理だ、モジを知らない から」 「いや、大丈夫だ、下のものがやればいい」 「うん、考えとく、まあ、だめだろうけどな、と ころでグダツってうまくいっているの?」 「まだまだだ、時間がかかる、とにかく修行って いうのは大変なんだ。これまで数えるほどしか成 功していないみたいなんだ。はるか昔にブッダと いう人が成功したと言われているんだけど。そし てそれからだいぶ時間がたってからアサラという 人が、その人が私たちの教えを最初に広めた人な んだけど、でもそれっきりで、いまだに成功した 人がいないらしいんだ。だから今ではその人が私 たちのグダツの目標とされていて、教祖様として、 教祖アサラ様として尊敬されているんだ」 「その大変な修行というのどういうことをするの?」 「満月が来て次の満月が来るまで何も食べなかっ たり、気を失うまで水に潜っていたり、春から次 の春が来るまで暗く狭いところで生活したり、ず っと立ち続けたり、眠ることや、人は話すことを やめたりとか」 「そんなことして体は大丈夫なのか?」 「たまに死ぬこともある。でも、だからといって、 それで地獄に落ちるようなことはない、いいこと をしているんだから、いつか生まれ変わってまた 修業を始めればいいことになっているんだ」 「うん、まあ話しは大体わかった。でもオレには そんなことはできそうもないから、サラムには、 いまはただ頑張れとしか言えないな」 「いいさ、では今日はこのへんで。なにしろ忙し くてね。これから他の所にもいかなけきゃいけな いんだ。生きるために必要なことを教えるために ね。私はとにかくこの地方の人たちが南の方の人 たちと同じように豊かな心で生きていってほしい んだ。それじゃまた来るよ」 サラムが帰るとモラクは独り言のように話し始 めた。 「そうすると、イノシシやシカは殺して食べては いけないということか、鳥や魚もそうなんだろう な、人を殺してはいけない、人から物を盗んでは いけないっていうけど、いまだにそんなことする 人間なんて見たことも聞いたこともないけどな、 人に嘘をついてはいけないか、人をだましてはい けないか、でも、これはよくあるなあ、そんな嘘 つきとかとか、ずるい奴とかはこの村にもよくい るからな、でもそんなに怒るほどことでもないし な。親を大切にか、まあこれは、良いことだな、 あえて言うほどのことでもないけどな、子供や女 とは同じところに住むようにってか、これは他に 好きな女を作るなってことか。テンゴクなんて考 えたこともなかったな、ジゴクなんてほんとのこ とかな。ミミズやハエなんかには生まれ変わりた くないな。なあ、サラム、ところでヨクボウって なんだ?」 「欲望っていうのは、食べ物を食べたがったり、 女を好きになったりすることだよ」 「なんでそれを失くさないといけないんだ?」 「それはこの世の悪いこと、たとえば人を殺した り、人から物を盗んだりするという、ほとんどの 悪いことが、そのヨクボウというものがあるから ことから起こっているからなんだよ。人を妬んだ り悪く言ったり、うらやましがったりするのもそ うだよ。それにこの村ではまだあまり見かけない けど、人を自分の思いどうりに動かそうとしたり、 人より多くのものを持とうとすることもみんな欲 望のせいなんだよ」 「判ったような、判らないような、まあ、とりあ えずランとここで住むか」 翌朝、まだ太陽が昇りきらぬうちに、狩猟のと きのように勇ましい男たちが広場に集まった。そ れはすべての村人のために、春までの薪や焚き木 を近隣の雑木林から調達するというものだった。 ヤホムはこの集まりことを前日まで、その気配 さえも感じることがなかったので、これはこの時 期の決まりごとで、村の男たちだけの暗黙の了解 のもとで行われる行事のようなものに違いないと 理解した。 誰かがみんなに聞こえるように言った。 「まだヨンサとスンジが見えないんだけど」 「来るまで待つか」 「いや、待つことない、やつらはたぶん来ない」 「うん、来ない来ない」 「それでは出発するか」 男たちはこれといった会話もなくいっせい歩き 出す。ヤホムも同行する。誰かが不満げに話し始 める。 「ヨンサとスンジ、アイツらなんでコメを配ると き偉そうにしているんだ」 「誰がアイツら頼んだんだ」 「ていうか、いつアイツらに任せるった決めたん だ」 「たぶんカンリだよ」 「カンリが、なぜあいつが勝手にそんなこと決め られるんだよ。コメはオレたちのもんだろう、オ レたちが作ったんだから、カンリのもんじゃない よ」 「それなのに、なぜあいつらは、カンリの言うこ とを聞いて、あんなこと引き受けたんだろう?」 「やつらはあれを飲まされたんだよ。白い甘汁、 コメで作ったやつだよ」 「あれな、オレも前に飲んだことあるよ。あの大 きな建物レイシャっていうやつを作るために、森 の木をみんなで切ってはどんどん運んでいるとき にな、みんなが疲れて弱っているだろうからって、 元気が出るようにってな、カンリが下のものに言 ってみんなに飲ませやつな、あれは飲むと甘くて すぐに体が熱くなってきて気持ちがよくなってく るんだよな」 「オレはやつらがレイシャから赤い顔して出てく るのをときどき見たことがあるよ」 集落はの周りは平らな土地と少し起伏のある土 地、そして雑木林が、それぞれにある程度の広が りをもちながら入り混じるように存在している。 平らな土地は田んぼに、少し起伏のある土地はど うやら畑になっているようだ。またそれぞれの雑 木林には成長の差がある。これは集落で計画的に 伐採して利用していることの証拠である。 やがて男たちは集落からほど遠いところにある 雑木林についた。 木は既に伐採されていた。春に伐採して乾燥さ せておいたものである。男たちはさっそく作業に 取り掛かった。木を運びやすいように短く切る者、 そしてそれを束ねて村へと運ぶものと。その様子 はだれかが誰に命令するというようなものではな く、みんなそれぞれが自分の力量に合わせてやっ ているという感じだった。そして太陽が沈む前ま でにすべての作業が終わった。 ヤホムが初めて集落の倉庫をのぞいたときは驚 かされた。そこには様々な種類の食べ物、イモ類 や雑穀や乾燥された山菜などが保存されていた。 ほとんどが春から秋にかけて採取収穫され、そし て食べられてから、そこで余ったものが来たるべ き冬のために準備されたもののようだった。その 量は村人全員が決して飢えることがないほど十分 なものにちがいなかった。というのも倉庫は決し ていっぱいではなかったからだ。それは、この村 の男たちの行動力からすれば、さらにこのような 豊かな自然環境のもとでならなおさら、狩猟採取 によって倉庫いっぱいにすることはいとも簡単に できただろうが、必要以上に保存することはない と判断しているからだろう。それにこのところ新 たに、コメという穀物も加わったようなのだから。 この村では大陸と同じようにあらゆる種類の穀 物や野菜が栽培されているようだ。これまで世界 からは、この島はその大昔に二つの超大国の核戦 争に巻き添えを食らって、すべての生きものが滅 び絶えたと思われていた、だが実際はそうではな かった。植物や動物は大陸などの他の地域とまっ たく変わらないほどに生息している。それだけで はない人間さえも生き延びていて、その物質的生 活水準にはかなりの差はあるが、自然と共存する かのように細々ながらそれなりに平穏に暮らして いる。 ヤホムは思った。 〈たしかに、この集落は自分の故郷である 大陸と比べてみて、政治的にも経済的に も文化的にもほとんど進んでいない、未 開といってもいいくらいに、進歩らしき ものはどこにも見出せないといってもい いだろう。でも彼らはそのことを不便だ とか不自由だとかは少しも感じていない ようだ。それどころか、今を生きている ことに十分に満足して、その日その日を 生き生きと楽しそうに暮らしている。そ んな彼らには大陸で生まれ育った自分た ちとは何か異なった幸せ感がそこにはあ るような気がする〉と。 第二部に続く ![]() ж ж ж ж ж ж ж ж ж |