ж  ж  ж  ж  ж  ж  ж  ж



    夢の始まり(第二章)



に戻る   

          狩宇無梨





     «婚儀の章»

 ミヨンとラクルがいっしょに暮らし始める前、
二人はの森に出かけた。そして地面から突き出
た小さく平らな岩を見つけると、そこを紺色の
布でおおって、"言葉で表せないもの"ために祭
壇を設けた。そして祭壇からこぼれ落ちるくら
いの収穫物を供え物としてささげると、はるか
な世紀を超えて二人を出合わせてくれたことを
"言葉で表せないもの"に感謝をささげ、二人は
婚礼の儀を取り行った。

 ある秋の日の夕暮れ、二人はテラスに腰を
掛けてくつろいでいる。
 ラクルが穏やかな表情で話しかける。
   ラクル
「今朝、悲しく苦しい気持ちで夢から覚めま
した。それはおそらく僕の前世にはそんなこ
とがあったんだろうということなのでしょう
が、それに比べて現実としての今朝の窓から
見える朝日のまぶしさに思わず涙が出そうに
なりました。
 僕は、冬には雪を抱く山と深い森と広大な
草原を支配する王国の王子のようでした。年
齢はまだ十代で兄はすでに国王になっていま
した。僕の国はつねに戦闘的で周囲の国々に
戦争を仕掛けてはそれを打ち負かし支配領土
を拡張していました。それも優秀な武将たち
が数多くいたからなのですが、そのたびに運
び込まれる戦利品や貢物で国内はいつも賑わ
い活気に満ちていました。でも僕はそんな雰
囲気にはあまり興味がありませんでした。で
すから戦勝行進や武将たちの観閲式などにも
できるだけ参加しないようにしていました。
従臣たちにもそのような控えめで出しゃばら
ない僕の態度が兄国王の権威や威厳を保つた
めにはふさわしいものとして認められていた
ようでした。もちろん僕にはそんな気持ちは
全くなかったのです。僕はあくまでもそうい
う他国との戦争に勝利して支配するとか、
財宝を略奪するとかということには興味がな
かったのです。そんなことは兄である国王に
任せていればいいと思っていました。自分は
好きな本を読んだり絵をかいたり詩を作った
りしていればいいと思っていただけです。戦
争の勇ましさや血なまぐささに目を背けてい
れば、好きな趣味にいそしむ僕にとっては申
し分のない穏やかで平和な毎日でした。でも
そんなある日、国内外を騒然とさせるような
出来事が起こりました。兄である国王が突然
死を遂げたのです。その死の原因をいろいろ
噂する者がいましたが、僕の耳にはその真相
は届くことはありませんでした。でも僕はそ
れ以来、それまで感じることがなかったよう
な得体の知れない、そして何かとてつもない
不安を胸いっぱいに感じるようになっていま
した。やがて僕は国王に即位しました。最初
は僕が政治には不慣れということで重臣たち
がこまごまと進言して助けてくれました。
やがて僕は妃を取ることになりました。その
候補となった女は遠く離れた同盟国を治める
国王の王女で、年齢は僕と同じぐらいでした。
そして、、、、」
   ミヨン
「うれしくはなかったのですか?」
   ラクル
「いや、そんな気持ちにはなれなかったみたいだ」
   ミヨン
「キレイではなかったのですか?」
   ラクル
「そうたしかに。できるだけ若くて美しい妃
として選ばれたみたいだからね。そもそも
時代や年齢に関係なく男というものは若くて
美しい女性には、まるで魔法にかけられたみ
たいに心ときめくものだが、でもなぜだか、
理由は僕にもよくわからないが、少しもそん
な気持ちにはなれなかったみたいだ。僕が若
かったからかな、それとも何か女性として引
き付けるものが欠けていたからなのかな、た
ぶん僕が選んだわけではなく周囲の取り巻き
がかってに決めたことだから、それでどんな
にキレイでも好きという感情は起こらなかっ
たんだろうね。でも今となっては、それが僕
たちの約束されていた出会いではなかったと
いうことは確かだよね。それはそうとして、
その頃から次第に、周囲の僕に対する態度が
変わってきていることに気付き始めたんだ。
それまでと違って重臣たちは政治に関して僕に
何も報告しなくなった。というか、はっきり言
って僕を無視するようになった。おそらく僕の
国王としての無能力さを見抜いたからに違い
ない。僕に謁見する優秀な武将たちでさえ
以前と違って、少し侮るように目つきで僕を
見るようになっていた。でも僕にはどうしよ
うもなかった。本当に政治に対する関心も重
臣たちを操る能力もなかったのだから。やが
て僕は兄である先王が死んだときに感じた胸
を締め付けるようなとてつもない不安の正体
がはっきりした形となって判るようになって
いた。先王は重臣たちの権力闘争に巻き込ま
れて毒殺されたこと。そしてその張本人は僕
が最もあてにしている重臣であること。そし
てその重臣は国王である僕の名のもとに他の
有力な重臣たちを粛正しようとしている
ことを、つぎつぎと知るようになったの
だった。そして僕は周囲に不穏な動きを感じ
るようになりますます不安な気持ちを高めて
いった。やがて僕はそんな不安な気持ちから
逃れるかのように政治のことはすべて重臣た
ちに任せて、自分の趣味の世界に没頭するよ
うになっていった。だがそのような毎日も長
くは続かなかった。ある日神殿で執り行われ
た儀式のために参加しているとき、柱の陰に
潜んでいて先王の息子に切りつけられ命を
失ったのです」
 それを聞いて悲しそうに眼を伏せるミヨン
を見ながらラクルは話し続ける。
   ラクル
「でもとても不思議です。夢だからなので
しょうが、そのときそんなに痛いとか苦しい
とかという感じはないのです。いま思い返す
と、とても怖いことなのですが」
    ミヨン
「私が細い紐に首をかけたときだって、その
夢を後から思い出すととても怖いことなんで
すが、でもそのときはそれほど苦しいとも怖
いとも感じませんでした。なぜなんでしょう」
   ラクル
「理由はわかりませんがそれはきっと私たち
に夢を見させる何者かの配慮なのでしょうね」
   ミヨン
「でもこれで私が今朝見た夢の意味も分かる
ような気がします。薄暗い湖にいた私は仲間
の白鳥とともに、何の前触れもなく突然鳴き
叫びながら極北の星に方位を定めて飛び立ち
ました。何かこの地上を揺るがすような、
とてつもない出来事が起こったということな
んでしょうね。なぜなら私にとっては仲間た
ちとの旅立ちにもかかわらずとても悲しい
気持ちだったから」
  ラクル
「そんなにも私たちは近づいていていたこと
もあったんでね。でもまだそのときではなか
ったんだね。もう間違いないね、私たちに夢
を見させるのは"言葉に表せないもの"の配慮
によるものであることが」

 話の終わりとともに二人は祈るように静寂
に包まれる。そのとき夕日はすでに傾き、極
北の星がその存在を示し始めていた。


    «新生の章»

 ラクルとミヨンの新生が始まった。
 二人は家畜の世話と農作業に励んだ。
 そのうち森から木を切り出して新しく大きな
家を作り始めた。
 やがて家が完成すると"言葉に表せないもの"
のために簡素な祭壇を設けた。
 そして朝と夕には毎日のように生きている
ことの感謝の気持ちと平安な日々が続くよう
にと祈りをささげた。

 二人が農作業の合間にの木陰で休息をとって
いる。
 ミヨンがラクルに話しかける。

   ミヨン
「今朝私は心温まるような気持ちでこんな
夢から目が覚めました。その夢ですが、私
は突然凍えるような寒さを感じました。
そして私は意識を失ったようです。でも
しばらくすると私は何となく温かさを感
じながら意識を取り戻しました。よく見
ると私は人間の両手に抱えられていました。
そして私はその人間の温かい息が吹きかけ
られているのが判りました。そして私は気
づいたのです。その人が凍えて死にそうな
私を温めて助けてくれたんだということに」
   ラクル
「やはりそういうことでしたか。実は僕も
今朝満ち足りた気持ちでこんな夢から目覚
めました。少年の僕は机に向かって本を読
んでいました。そして何気なく氷水の入っ
た傍らのコップに目をやると、そこに数ミリ
ほどの小さなクモが入っていて死んだように
動かなくなっているのに気が付きました。
実は、僕が少し前にその存在に気付いて息を
吹きかけたりしても、少しも逃げようともし
ないで、机の上やコップの周りを這いまわって
いたクモであることに気が付きました。僕は
もう死んでしまったのかと思いましたが、
急いでそのクモを取り上げ両手で囲んで息を
吹きかけ続けました。すると数十秒後には
クモはゆっくりと足を動かし始めました。
どうやら生き返ったようでした。そういう
ことでしたか、長い長い年月の間には、そう
いう出会いも、私たちはしていたんですね」


    «新しい生命の章»


ラクルとミヨンの間に新しい生命が誕生した。
女の子でサヨと名付けられた。
ある雨の日のの午後、くつろぎながらサヨに
乳を与えていたミヨンがラクルに語りかけた。
   ミヨン
「今朝とても不思議な夢から目覚めました。
気づくと私の周りにはたくさんの女性たちが
いました。その女性たちはみんな薄汚れた黒
い服を身に着けていました。よく見ると私た
ちは座るのがやっとの位の狭い部屋に閉じ込
められているのが判りました。みんな怖いく
らいに暗い表情で黙り込んでいました。でも
どうしてでしょう、私はみんなと違って楽し
そうでした。私は何かにつけ私を抱き寄せる
大人の女性にありったけの声で、弾むように
ときには歌うように話しかけているのです。
どうやらその女性は私の母のようで、私は抱
き寄せられるくらいの小さな女の子のようで
した。そのときでした。壁の四角い穴から白
い煙が出てきて、周囲の女性たちはいっせい
にとても悲しそうな表情で眼を閉じめ始めた
のです。すると私の母は私を抱き上げ言いま
した。
『サラちゃん、ママはあなたのことが大好き
よ。でも笑顔のサラちゃんはもっともっと大
好きなの、だからいつものように笑って、み
んなもサラちゃんの笑顔が大好きなのよ、さ
あみんなに笑いかけて』
と。そして私は今までのようにおもいっきり
の笑顔でみんなにも笑いかけました。すると
周囲も女性たちはそれまでの怖いくらいの悲
しそうな表情だったのが、いっせいに優しそ
うな笑みを浮かべて私を見ているのです。す
ると私はなぜかとても幸せな気持ちになり、
さらにあふれんばかりの声で笑いかけました。
そのときでした。私の母は不意に苦しそうな
咳をしながら私に言いました。
『すこしだけがまんして、そうすれば』と。
そしていきなり私の顔を母の胸に強く押し当
てました。すると私は周りの女性たちの苦し
そうな咳を聞きながら意識が遠のいていきま
した」
   ラクル
「やはり、そういうことでしたが、私も今朝
こんな不思議な夢から目覚めました。でもそ
れは意味のあるとこだったのですね。私の夢
はこんな感じでした。大人の私はとある殺風
景な部屋で椅子に座っています。そこへ無表
情な男がやってきて私に紙切れを渡しました。
そこにはこう書かれています。『本日十時に
なったらバルブの栓を十分間開けたあと再び
閉めるように』と。私はそれを命令通りに実
行しました。そしてその後私はドアを開けて
外に出ました。外は眩しいくらいの日の光が
注いでいました。そして私は無事任務を果た
したことを誇りに感じながら満ち足りた気持
ちで思いました。『これで長引く戦争もわが
帝国の勝利に終わりきっと世界が平和になる
に違いない』と。今ではそこで何が行われて
いたかは判っているけど、その当時にはなぜ
か、そこではどんな残虐ことが行われていた
かは、ほとんどの人が気づいていなかったみ
たいだね。私たちはこんな出会いもしていた
んだね、でもまだ私たちが本当に出会うその
ときではなかったということなんだろうね」


 サヨが生まれてから二年後、ラクルとミヨ
ンの間にまた新しい生命が誕生した。男の子
でミルマと名付けられた。
 ある日の夕暮れ、テラスの椅子でくつろい
でいるラクルは、歩き始めたミルマに寄り添
うミヨンに話しかける。
   ラクル
「今朝とても怖い思いをしながら夢から覚め
ました。それはこんな夢でした。僕はものす
ごく心細い思いで、藪をかき分け、崖の上り
下りをしながら歩いていました。何か異常事
態が起こったようでした。歩く僕の手も足か
らも鋭い爪が伸びていて真っ黒い毛でおおわ
れていたので、おそらく僕は母熊とはぐれた
若い熊のようでした。母熊を見失なって混乱
していた僕は一刻も早く会いたいという焦り
から、まだ歩いたこともない山をただ闇雲に
歩いていました。いくつかの山を越えたとき、
目の前が突然開けその下が崖になっていると
ころにたどり着きました。そして崖の下を見
るとそこは平らな広場になっていて、そこか
ら何やら聞こえてきました。僕は背伸びをし
てよく見ると、そこには熊としての僕にとっ
ては初めて見る生き物がいました。それは人
間でした。人間が大勢集まって騒いでいまし
た。もし見つかったら何をされるかわからな
いと僕は恐怖を感じてとにかくその場から離
れることにしました。でも相当混乱していた
のでしょう、そのとき僕は足を踏み外して崖
を転げ落ちてしまいました。下まで落ちた僕
を大勢の人間が取り囲んでいました。悲鳴を
上げるもの、大声で威嚇するも、棒を振り上
げている者と様々でしたが、みんなとても怖
い顔をしていました。みんな僕に危害を加え
ようとしているようでした。僕は必死に逃げ
ました。がむしゃらに逃げました。でもそこ
にも人間がいて正面に立ちはだかりました。
腸に響くような声をあげて怖い顔して威嚇し
ました。僕はとてつもない恐怖を覚えながら
も、なんとか全身に気力を呼び起こして、そ
の人間をひっかき、押し倒して噛みつきまし
た。そしてその人間が動かなくなると、その
場を離れて逃げました。でも再び人間が目の
前に立ちはだかりました。そして僕はまたそ
の人間にとびかかり、再び動かなくなるまで
噛みつきました。そのうち大勢の人間が僕を
めがけて走ってきました。みんな棍棒を持っ
ていました。僕はいそいでその場を離れて逃
げることにしました。でも僕はよっぽど混乱
していたのでしょうか、すでに大勢の人間に
囲まれていて、もう逃げ場はないと感じたよ
うで、とにかく眼についた近くの小屋に逃げ
込みました。すると人間はそれ以上追ってき
ませんでしたが、扉は閉められそこに閉じ込
められました。"僕はただあの優しかった母親
と会おうとしただけなのに、僕はただ僕に危
害を加えようとした人間をやっつけようとし
ただけなのに"と思いながら、この先、どうな
るんだろうと怯えているだけでした。そして
そのときがやってきました。数発の銃声が聞
こえた後、僕は次第に意識を失っていきました」
   ミヨン
「私も今朝夢から覚めました。その内容は、
銃声を聞きつけて、出窓にいた私はゆっく
りと顔を外に向けると、人間たちが大声をあ
げてあわただしく動きまわっているのか見え
て、やがてそれも収まり、それまで通りの
静かな風景に戻るという、たったそれだけの
短い夢でした。私は毎日のように、しかも何
年にもわたって、その出窓に座って外を見て
いたようです。なぜなら窓の外の風景しか思
い描けないからです。そう、胸の奥に大事そ
うにしまっているある思い以外は。それは、
甘い香りと柔らかく温かい肌触りを感じてい
る幸せな思い、そしてミィちゃんという音が
鳴り響くたびによみがえる喜びの思いです。
甘い香りと柔らかく温かい肌ざわりというの
はある女性の腕と胸のようです。ミィちゃん
というのは、その女性が私に話しかけるとき
に呼ぶ名前のようです。そう私は猫のようで
す。そしてその女性は私の買い主のようです。
でもなぜかもう何年もあってないようです。
おそらく亡くなったのでしょう。でも私は猫
だからそれが判らずにただひたすら待ってい
るのです。そして突然帰ってきて、私の名前
を呼び、私を胸に抱きあげるのを今か今かと
私は待っているのです。かつて鏡に映る自分
の姿を初めて目にしたとき、そのあまりの
おぞましさに驚きながらもも、もしかして
それが本当の自分の姿のように思ったときも
あったようですが、でも今では亡くなった飼
い主のことを思うあまり自分のことを若くて
美しい女性のように思っているようです。
そして時が止まったかのようにこれまでの
ように窓から外を見ながら突然のように
"ミィちゃん"というやさしい声で呼ばれ、
再び甘い香りと柔らかい肌触りに包まれる
ことを、今か今かと待ち続けているのです」

 ミヨンの話が夕闇に包まれながら静かに
終わると、ラクルはミルマの誕生の報告と、
その祝福を授かるために、森の祭壇を訪ねる
ことをミヨンに提案した。

 ミルマが生まれてから二年後、ラクルとミ
ヨンの間にまた新しい生命が誕生した。男の
子でクリムと名付けられた。

 そしてラクルたち家族はクリムの誕生を報
告と、その祝福を授からるために、久しぶり
に森の祭壇を訪ねた。
 それから三年後のある日の夕暮れどき、
午後の作業を終えて歩いているラクルと
ミヨンのもとに三人の子供たちが駆け寄っ
てくる。そして遥か西方の夕映えの山々を
望みながら五人はわが家を目指して歩き
始める。

 その夜子供たちが寝静まったあとミヨンが
ラクルに話しかける。
   ミヨン
「これからどうする? 子供たちのこと」
   ラクル
「そうだな、サヨは七歳だから少し手伝って
もらってもいいかな、でも女の子だからな」
   ミヨン
「そうじゃなくて、勉強のこと、生きていく
ために必要な知識を身に付けるために。子供
は遊ばせることが大事だとあなたが言うので、
今までは好きなように遊ばせていたけど本当
にそれでいいのかなって思ったりするので」
   ラクル
「うんそうだね。子供を本人の将来のために
どう育てて行くかは、いまだ答えを見いだせ
ない人類の永遠の課題みたいだね。現代は、
まずは子供がやりたいことを最大限に尊重し
て、できるだけそれを手助けできるようなや
り方が主流になっているみたいだけど。かつ
ては、これは大昔の話だけど、それもほとん
どの地域で、ある年齢に達した子供たちを特
別の施設の部屋に集めて、というかそこに押
し込んで、色んな知識を無理やり覚えこませ
たみたいなんだ。でも知っての通り人間には
個人差があるから、覚えのいい子供もいれば
覚えの悪い子供もいる。そこでは、覚えのい
い子供はあたかも人間として優れているかの
ように見なされ、ほめられチヤホヤされるが、
覚えの悪い子供は人間として劣っているかの
ように見なされ、貶されたりないがしろにされ
ていたみたいだ。そのために覚えの悪い子供
たちは精神的な傷を負い後々まで苦しみ悩ん
だみたいだ。自分はダメな人間なんだ生きて
いく価値がないんだと思い込むようになった
りしてね。でもそうではないことは、みんな
が大人になってみればわかることなんだけど
ね。なぜなら大人になれば、みんなそれなり
に自分のやりたいことや自分の能力に合った
仕事を見つけて立派に生きることができてい
たからね。そんなわけで、そのような教育シ
ステムは当分続いていたんだが、やがて人々
は気づき始めたんだ、どうもこの教育システ
ムはおかしいとね。というのは精神的な障害
を抱えて社会に適応できない大人たちが増え
てきたからなんだ。何に原因があったのか
当時はわからなかったみたいだが、とにかく
そのように教育システムはやがてすたれてい
ったみたいだ。そのことに警鐘を鳴らしてい
た人たちは居たみたいだけど、主要な産業と
なっていた教育を改革することはほとんど不
可能だったみたいだ。つまりその当時に行わ
れていた教育というのは人間が生きていくた
めに、本当に必要な知識や知恵のせいぜい千
分の一ぐらいしか身に付けることができなか
ったということが後々の研究調査で判ってき
たことなんだよ。途方もない時間と労力と
お金をかけていたというのにね。でもその
反省からか、現在は地球上のどの地域でも
そのような教育方法がとられらなくなった
のはいいことだけどね。なぜそのような高度
のシステム教育が人間の劣化を招いたかは、
そのときはまだ詳しくわからなかったけど、
これも後々の研究によってはっきりしたの
ですが、それは狭い場所に子供たちを閉じ込め
過度な競争に追い込みながら抽象的な知識を
多量に覚えこむように強制することは、まだ
未熟である脳に行き過ぎたストレスを与える
ことなにり、それが原因となって脳の異常な
萎縮や膨張を引き起こして脳本来の正常な発
達を妨げてしまい、それが大人になっても後遺
症となって残り、様々な悪影響をもたらしたみ
たいなんだ。現代ではそのような教育方法は紛
れもなく人間性の衰退や劣化を招くということ
が判っているのですが、その頃は、その方法が
最善であると錯覚していました。僕も現代の方
法が間違いないと思っているので、まずはサヨ
が自分が本当にやりたいことを見つけてから、
それからは全力で応援しようと思っている。
でもまだウルは自分が何をやりたいかわかっ
ていないみたいだね、それで、もう少し自分
の好きなように遊ばせたり仕事を手伝わせた
りしながら、ウルが本当に自分のやりたいこ
と決めるまで待とうと思っているよ。そんな
に焦ることはないと思っているよ。だって
運動能力を高めたり、感性を磨いたりする
のは、知識勉強とは違って、できるだけ多
くの人間とともに、自分の肉体を通して遊
んだり働いたりすることから学ぶことがで
きるのだからね。それに比べて知識の勉強
なんて言うのは、いつでもどんな場所でも、
全世界の出来事やその蓄積された知識を、この
全世界に張り巡らされた通信装置によって知
ることができるからね。だからサヨについて
はそのときが来るまでもう少し待とうと思っ
ているんだけど、どうかな?」
   ミヨン
「あなたがそれでいいと思うなら、私は賛成よ」
   ラクル
「人間が生きていくために本当に必要なのは
知恵なんだよ。昔から知恵は肉体に宿るって
いうじゃないか。だから知恵を身に付けるに
は自分の体を動かして身に付けるしかないみ
たいだよ。それに比ベて何の役にたつのかも、
よくわからないような知識は頭にだけ宿るも
の、だから知識なんて言うのは本当に必要に
なったら、そのときに学べはいいんだよ。い
つでも、それも生涯をかけてね」

 ラクルとミヨンの三人の子供たちはみんな
自分たちが思い描いていた通りに育っていっ
た。そして十代になるとそれぞれ自分のやり
たいことを見つけると、それに必要な知識や
技術を身に付けるために勉学や修行にひたむ
きにに取り組むようになっていった。

 その日は朝から激しい雨と風にみまわれて
いた。
ラクルとミヨンは農作業をやめ家でくつろい
でいた。
 ラクルがミヨンに話しかける。
   ラクル
「今朝こんな夢から覚めました。それまで僕
は農民でしたが、あるとき強制されるように
兵士になりました。もちろん下っ端のです。
その頃周辺の多くの国々は覇権と領土をめぐ
ってお互いに争っていました。
 十人隊長のもとでちょっとだけ訓練すると、
そのに三日後には最初の戦いに臨みました。
とても怖かったのですが集団戦なので陣地の
取り合いなので、それほどの戦死者もなく何
とかその日は凌ぐことができました。でも、
その後の白兵戦となると、状況は全く変わり
ました。死ぬか生きるかは時の運、恐怖その
もの、僕は腹の底から唸るような奇声をあげ
ながら、敵の群れに飛び込みました。不思議
なものです、日頃の人間の声とも思えないよ
うな狂ったような奇声をあげると、勇気が湧
いてい来るというか、度胸が付くというか、
これから自分が死ぬかもしれないということ
など、少しも怖くなくなるのですよ。もちろ
ん敵兵だってそうします。誰だって怖いし死
にたくないですからね。それでなのか、人が
人を殺すってそんなに簡単なことではないの
ですよ。お互い命がけですからね。ですから
相手を殺して戦いに勝つなんて言うのもそん
なに簡単なことではなくて、それは相手を不
意打ちしたり、こっちが人数が多い時ぐらい
なのですよ。というわけでまともな白兵戦の
時に生き延びることは、そんなに難しくない
んですよ。無理に勝とうとは思わない、死に
物狂いになるまで相手を追い込んだりはしな
い、そうすればお互いのメンツが立つってい
うか、雑兵には雑兵なりの戦い方があるんで
すよ。とはいっても、それなりに戦死者は出
ます。
 でもあるときこんなことに気付きました。
よく戦死するものというのは、周りがよく見
えてない無器用なものであることにね。つま
り戦いのときには誰でも弱そうな者に眼をつ
けて攻撃を仕掛けるものですからね。という
ことは僕が生き残れるのはこういう者たちの
おかげ、つまり敵は、弱そうになもの要領の
悪いものに攻撃をしかけている限り、つまり
自分を強そうに見せながら、うまく立ちまわ
っていれば、殺されるほどの危険にさらさら
れることはないということなのです。という
ことは僕は味方を犠牲にして生き延びている
ということなのです。
 そもそも特別に訓練もされていない百姓出
の兵士にとって敵を殺すということは大変な
ことなんですよ。これは敵側にも言えること
で、だから多少の死者は出ても、勝敗という
ものはなかなかつかないもので、ましてや相
手を全滅させるとか、こちらが全滅させられ
るとかいうのは極めてまれで、形勢が有利な
時は勢いこんで攻め込んだりしますが、また
その逆に不利な時はこれまた戦い以上に死に
物狂いで退却したりしますからね。そうこう
しているうちにいつの間にか勝ったとか負け
たとかになるんですよ。だから何がその勝敗
を決めるのかわからない時があるんですよ。
どちらかの大将の首がとられたときははっき
りと判るんですが、自分たちが敵を押し込ん
でいても負けとか、自分たちが敗走していて
も勝ちとか、どうなっているのかよく判らな
いことばかりですよ。戦争の勝ち負けはもっ
と別なところで、何か大局とか偶然とか王様
の思惑とか、様々な理由で決められているみ
たいですよ。雑兵は所詮雑兵ですからね。そ
もそもわれら雑兵はほとんどが元農民で、戦
争の勝ち負けにはあまり関心がないのですよ。
勝っても何か目に見えていいことはなく負
けても最悪は奴隷にされることぐらいで、死
ぬよりはましでしたから。それは雑兵という
のは敵のことを何とも思っていまません。憎
んでも恨んでもいません、悪くも言いません。
もともと関心がないのです。農民にとって本
当の関心があるのは農作物の出来具合とか家
族の生活だけなのです。だから雑兵同士で陰
でささやかれるのは十人隊長や百人隊長に対
するあざけりや誹謗です。実際彼らは無能で
した。どのように無能かというと、上からの
命令を形通りに実行するだけで状況に合わせ
た臨機応変な作戦がとれないということでし
た。それで攻勢に出られるのも敗走で憂き目
にあうのも運次第というありさまでした。そ
れでも兵士の数が百人千人万人にもなると、
戦いの勝敗を決めることのできる絶対的な力
を発揮することができるようになるのです。
おそらく要所要所に有能な指揮官がいるとい
うことなのでしょうか。僕はあまたの戦いを
経ても生き残っていました。それは先ほどの
ようにちょっとした器用さと、自分より無器
用な仲間を犠牲にしてうまく立ちまわってい
るだけではなく、本気で敵を殺してその首を
取ろうと思わないことでした。本気で殺そう
と思えばこちらにもスキができて狙われやす
いからです。つまり僕は防御に徹したわけで
す。僕が死にものぐらいになれば相手だって
死にものぐらいになりますからね。もちろん
稀には血気にはやるものもいて、手柄を立て
ようとして敵陣深く攻め込む身の程知らずな
者もいましたが、ほとんどが生きて返ること
はできませんでした。
僕たちの最初の十人隊長は誠実で強い責任感
はありましたが、それほど有能ではありませ
んでした。それですぐ戦死しました。その責
任感が災いして、あまりうまく立ちまわれな
かったようです。二番目三番目も同じように
戦死しました。そしてそれまで生き残り続け
ていた僕が十人隊長に任命されました。やが
てそれなりの戦功を立てるようになると百人
隊長、そして千人隊長を任せられるようにな
りました。僕は敵兵をできるだけ無駄な動き
で消耗させよことによって自分たちを優位に
立たせ、それによって敵兵の戦意をくじき、
戦わずして相手を後退させるという戦術をで
きるだけ取るようにしていました。でもある
ときそれまで難攻不落といわれていた城を攻
めることになりました。二か月後に何とか外
壁を攻略して場内に攻め入りました。敵のほ
とんどを制圧し火を放って撤収しようとした
とき、老若を問わず大勢の女性たちが隠れて
いる部屋を発見しました。でも僕はそのまま
して急いで城外に出ました。
そして何度も何度も振り返っては燃え盛る炎
を眼にしながら帰っていきました。でもその
勝利は僕にとっては最後でした。次の戦いで
勝利を焦る上からの命令に渋々従いながら、
その無謀ともいえる作戦を決行した結果、最
後は何倍もの敵兵に包囲されあっけなくも僕
は討たれました。でもなぜか、そのときの思
いや、殺されるときの苦しさは夢には出てき
ません出した。それにその戦いがどちらが勝
ったのか、それとも和睦を結んだのかも判り
ません。そんなことには興味がないというか、
地球の歴史から見たらそれほど意味のあるこ
とではないからでしょうが。でも和睦を結び
上の者同士が仲良くしていたら、死んだ者は
どうするんだって、本当に腹が立ちますね」
   ミヨン
「やはりそうでしたか、私も今朝夢から目覚
めました。夢では私は十五歳の王女でした。
それまでは私は王女として何不自由なく幸せ
に暮らしてきました。そして隣国の王子との
結婚が決まっていました。ところがある日突
然私たちの城は包囲されました。やがて城は
攻略され火が放たれ、そのときがやってきま
した。すると私は 窓から見える北天の星に
手を合わせて祈りながら最期のとき迎えるこ
とを決意したのです。なぜ私がそのような行
動をとったのか、そのとき私が何を祈ってい
たのかはよくわかりません、でもどうしても
そうせざるを得なかったのは確かなようです。
そして炎がまわる前に自ら命を絶ちました。
私もあなたと同じように、そのときの思いや
生命を失うときの苦しさは夢には出てきませ
んでした」
   ラクル
「実はさっきそのことを話していませんでし
たが、僕はその様子を見ていました。でも、
もしやと思いどうしてもそのことを話せませ
んでした」
   ミヨン
「よく動物などの生き物は、死ぬときはたと
えそれが捕食されるときでも、それほど苦し
くないに違いないと聞きますが、人間でも同
じなのでしょうか? それとも何か私たちに
特別の配慮が?」
   ラクル
「生まれ変わり続ける私たちは、いつかはそ
のときが来たら巡り会うはずだから、やはり
何かの、誰かの 言葉に表せない者の何かし
らのの配慮が」


    «新しい旅立ちの章»

 ラクルとミヨンの三人の子供たちは家を
出て自分で選んだ道を歩き始めていた。
 長子サヨは世界平和を維持するための
国際機関の職員にに、次子ミルマは地上
の都市間を高速でつなぐために地下トン
ネルの土木技術者に、そして三子クリム
は両親と同じように未踏の開拓者
となった。

 その秋ラクルとミヨンは近年になく沢山
の収穫物を携えて森に入った。
 そしていつもの平らな岩に、白くなめ
らかな布をかぶせて、"言葉に表せない者"
のための祭壇を改めて設けると、携えて
きたそれらの収穫物を供えると、これまで
にどんな困難があっても、二人で乗り越え
てこられたことに感謝をささげた。そして
これからどんな困難が待ち受けていよう
とも、二人で協力して乗り越えていける
ことを願いながら静かに祈りをささげた。

 人生の折り返し点を過ぎてもラクルと
ミヨンの日々の活力と気概は少しも衰え
ることはなかった。そのころ十代のころ
いっしょに学んだり遊んだりしたことの
あるイサムがラクルを訪ねてきた。
 かつてイサムは漁師になりたいといっ
ていたが、何かの理由でそれをあきらめ
今日まで主に地球の辺境を訪ねる旅人と
なっていた。

 ラクルは自分たちが管理している
農場を案内した。
 果樹園を通り過ぎて、牛と羊の放牧
地を歩いているときイサムがラクル
に話しかけた。

   イサム
「これほどの広い土地どうしたんですか?
購入したんですか?」
   ラクル
「いいえ、ミヨンと二人で開拓しました。」
   イサム
「大変だったでしょう」
   ラクル
「ええ、よく言われます。たしかに最初に
この地を見たときは、森林と草の伸び放題
の荒れ地でしたから、少しだけほんの少し
だけ不安な気持ちがよぎりました。でも、
すぐにそんな気持ちをふり払うようにして、
笑みを作りミヨンを見ました。するとミヨ
ンも笑みを浮かべて返してくれました。
その笑顔、その何もかも理解したような笑顔
には、これから先どんな困難が待ち受けて
いようとも、少しも恐れることはないという
ミヨンのゆるぎない意志が現れていました。
その笑顔を見て私は、未来への希望だけでは
なく、生きることの意味や、その喜び、そし
て自分は何者かに祝福されているような気持
になりました。そして百万の加勢を得たよう
な勇気が体の隅々までいきわたるのを感じま
した。だから少しも苦になりませんでした。
むしろ楽しいことばかりだったような気がし
ます。もちろんたまには、これはどうしたら
いいんだろうかと考え込むことがありました。
でもそんなときは、いつもミヨンに相談して
は二人で協力しながら何とか今までやって
くることができました」
   イサム 「私は今まで世界の隅々を見てきましたが、
ラクルのような人はまれです、というか初め
てといっていいくらいです。とても賞賛に値
します」
   ラクル
「いや、私たちはただ大昔の人たちがやって
いたことをやっているだけですよ。彼らも私
たちのように荒れ地を開拓して生きてきたわ
けですよ。しかも楽しく幸せにね。よく大昔
の人たちはそれほどの余暇や娯楽がなくて何
が楽しくて生きていたんだろうと現代の人た
ちは思ってている見たいだけで、でもそれは
昔の人たちのように生きて初めて分かること
なんだけど、それは生きていること自体が楽
しいんですよ、何か問題があっても、それを
自分で、自分の体を動かして、ときにはみん
な協力して解決しながら生きていくことが幸
せなんですよ。自然とかかわってきて初めて
わかったことなんですが、たしかに自然は判
らないことだらけです。でも何とか解決しよ
うと真面目に向き合っていれば、それなりに
答えをだしてくれるのです。それが私にとっ
ては楽しみであり喜びであったのですが、自
然は学ぼうとする者には惜しむことなく教え
てくれる知恵の宝庫です。私はいまだに自然
から多くのことを学んでいます。私たちは自
然と関わりながら、できるだけ自然から与え
られるものだけで生きるようにしてきました。
そして判ったことなんですが、自然はいきる
ために不必要なことは何も与えないというこ
とでした。ですから自然が与えるどんなトラ
ブルも私たちにとっては、楽しみであり喜び
である生きがいなのです。なぜなら今では自
然が与えるどんなトラブルも解決が可能であ
ることが判っているからです。だから私たち
のように自然に立ち向かって生きていた大昔
の人たちも、たとえ歴史書にその記録が残さ
れていなくても、きっと私たちと同じような
生きがいを感じながら幸せに生きていたこと
は間違いないと思います。自然は本当に豊か
です。私たちにいろんなことを学ばさせてく
れます。私たちを無償で育ててくれているよ
うながします。私たちも無償で自然から学ん
でいます。このように自然を相手にしている
と判らないことばかり起きて、正直何度か無
力感をおぼえて挫折しそうなときがありまし
た。でも私たちはどこにも逃げ場はありませ
んでしたから、無力なりに誠実に自然と向か
い合いました。どのようにすれば作物はよく
育つんだろうかとか、どうすれば家畜たちは
元気に育つんだろうかとか、とにかく私たち
にできる限りの力を尽くして誠実に愛情をも
って接していました。すると私たちにも気が
付かないような感じでいつの間にかに、その
ような問題が解決しているのです。私たちに
自然と身についた行為が、それらの問題を解
決していたのです。いまではそれは自然が私
たちに教えてくれたもの、いや与えてくれた
ものとも思っています。もちろん私をそんな
さまざまな苦境を乗り越えられたのもミヨン
のおかげでもあるんですが」
   イサム
「それはわかるような気がします。私は今ま
で世界のあちこちでいろんな人たちに接して
きましたが、ほとんどがあまり豊かでないと
思われる人たちにね、それは都市に暮らす人
たちと比べてそうなんですが、でもそれでも
みんな生きてることに楽しそうで幸せそうな
んですよ、しかも自由でね」


  最終章に続く

  に戻る

 ж ж ж ж ж ж ж ж ж