ж   ж   ж   ж   ж   ж



    夢の跡(後編)
           シナリオ風SF時代小説



に戻る   

            狩宇無梨






    * * * * * * * * *


○荘園の集落は雪景色となっている。

○マシルはヤヨの家の農閑期の作業を手伝っている。


    * * * * * * * * *


○泰衡が頼朝宛の「義経の所在が判りしだい召し取る」
との返書をしたためている。


    * * * * * * * * *


○泰衡邸

○泰衡とその郎従が集まり何やら評議している。



    * * * * * * * * *


○鎧冑に身を包んだ泰衡の郎従たちがどこかへと行進している。


    * * * * * * * * *


○マシルが宿とする円光の僧房

○青ざめた表情の円光がマシルの元にやってくる。

  円光
「決して起きてはならぬことがまた起きました。大御所様が弟御の頼衡様を殺害したということです。いったいどんな落ち度があったというのだろう」

  マシル
「・・・・・」

○マシルは微動だにせずに外に眼をやっている。
    円光
「どうしてそんなに冷静で居られるんですか?」

  マシル
「・・・・・」

  円光
「これから平泉は、陸奥の国はどうなるんだろう、何世代わたっても楽土のように平和に暮らしてきたというのに」

  マシル
「・・・・・」

○円光は何も言わないマシルをじっと見つめる。

  円光
「やはり知っているのか、これからこの奥州の都がどうなるのか」

○マシルは静かにうなづき、そしてゆっくりと話し出す。

  マシル
「不安になるのも無理はないことです。でもこれからどんなに残虐なことが眼の前で繰り広げられようとも、決して僧侶としての本分を忘れないで、ただひたすら修行に励んでいれば御衣につく僅かな塵さえも決して失われることはないでしょう」

○不安げにじっとマシルを見ていた円光はその言葉を聞いて徐々に冷静さを取り戻して行く。



    * * * * * * * * *


○木々がいっせいに芽吹いている中尊寺の本堂。
○泰衡は管主大法師心蓮と対座している。

  泰衡
「もう誰を信じていいのか、誰を頼りにして良いの判らなくなりました」

  大法師心蓮
「だいぶ後悔なされていると見うけられますが」

  泰衡
「うむん、目覚めが悪くてかなわんよ」

  大法師心蓮
「お察し申す」

  泰衡
「忠衡のやつめ、まるで罪人のごとく予を責め立てるのじゃ」


○泰衡は最近の出来事を話し始める。



    * * * * * * * * *


○泰衡邸に国衡、忠衡、高衡、通衡が集まっている。

 忠衡
「いったい頼衡が何をしたというのだ」

  泰衡
「鎌倉と通じているというものがあってな」

  忠衡
「それは鎌倉の間者が流した噂ではないか、讒言ではござらぬか。やすやすと鎌倉の謀略にはまってどうするのじゃ、この陸奥の国を治める棟梁としてなんとも頼りない、恥ずかしい限りじゃ、まさか、いま巷間に流れている『義経と忠衡が奥州を横領しようとしている』という噂話を信じているのではありますまいな」

  泰衡
「判っているさ、頼朝の謀略だってことぐらいは」

  忠衡
「しっかりしてください兄上、いままさに奥州平泉の存亡の危機、兄弟が団結してこの国難に当たらなければならないときのなのですぞよ」

  泰衡
「判っているよ、そんなことは」




    * * * * * * * * *


○本堂で泰衡は管主大法師心蓮と対座している。

  泰衡
「忠衡の奴め、オレを能無し扱いしやがって、まったく、ふっ・・・・・戦をしてどんな益があるというのじゃ、勝っても負けても、大地は荒廃しおびただしい血が流れ、後世まで恨みを残すだけではないか。をそのことを深く憂い悔悟した大祖清衡公は永久に平和な世が続くことを願いながら今日のような楽土を築き上げたということを伝え聞いておりますが」

  大法師心蓮
「そのとおりでございます」

  泰衡
「では大法師心蓮殿にぜひお伺いしたい、どうして兄弟眷族相分かれて血を流し合わなければいけないのじゃ、いままでのようにどうして平和であってはいけないのじゃ、」

  大法師心蓮
「ふう、大変な難問でございます。どうお答えしたらよいか、、、、」

  泰衡
「何かすべての人々が今までのように平和に過ごせるように妙案でもございましょうか?」

○大法師心蓮は眼をとじて考え込んでいる。
  大法師心蓮
「何事も御兄弟で評議して御決めになるのが最善なのでしょうが、どうでしょう、この際祖父君の基成公に頼られては、あの方は都の内情に誰よりも深く通じておられるようですから」

  泰衡
「ふむ、当てにならぬというのか、近頃は、体調がすぐれないとか申されて、会ってもくださらぬのじゃ、、、、はあ、この艱難から逃げることが出来るのなら、どこかに逃げ出したいものじゃが、、、。」

  大法師心蓮
「愚僧私めは今日まで仏道を学び日夜修行に励んできておりましたが、それと同じように、わが大和の国は言うに及ばず唐や天竺の人の世の歴史も多少とも学んできておりますので僅かながらの知識も身につけております。それによりますと、同国異国を問わず人の世は戦と平和の繰り返しです。人々の平和を望むどんな熱烈な思いや願いをあざ笑うかのように戦と平和がまるで宿命であるかのように繰り返されてきたのです。でも、いつの世でも、どの国でも民の心は平和を望んでおりまする。ですからいつかは恒久に平和が続くような世界にいずれはなるとは思いますが、でも今はまだその時期ではないようなのです」

  泰衡
「戦は避けられないというのか?」

  大法師心蓮
「・・・・・・・・」

  泰衡
「ではどうすればいいのだ」

  大法師心蓮
「大事なのは、国破れても山河は残る、民は残るということです。ですからこの陸奥の国の未来にとって何がより大きな利益となるかを考えることです。出来れは泰衡様が己を棄てて決断なさることを願っております。

○さらに深く苦しそうな表情を浮かべる泰衡。



    * * * * * * * * *


○平泉の風景は芽吹き始めた新芽で萌黄色に染められ始めている。


    * * * * * * * * *


○マシルとヤヨが義経の野遊びに随行する。

○野良仕事をしている農夫の姿がいたるところに見える。

○従者といっしょに川沿いの土手で馬を走らせていた義経はひと時の休息の後マシルに話しかける。

    義経
「冬の間は体がなまり気味だったが、どうやらこれで元に戻りそうだぞ。何が起ころうとも体だけは鍛えておかないとな」
  マシル
「・・・・・」


○従者に話しかける義経。

  義経
「これからあの向こうに見える険しい山を走破するぞ、みんなに戦のやり方を教えてやらないとな、みなの者ついて来い」


    (義経たちはマシルたちを残し遠く去っていく)




    * * * * * * * * *


○野草摘みをするマシルとヤヨ

○春の野に二人は寄り添って腰をおろしている。

  マシル
「旅に出る準備をしてくれないか」

  ヤヨ
「どこへ?」

  マシル
「まだ決めていない。南になるか北になるか、南には都がある、どこまで行っても安心できる、でも、、、北は未知だ、でも希望が開ける、、、、ぜひ、いっしょに来てほしい」

  ヤヨ
「いつごろ旅立つの?」

  マシル
「あと十日後ぐらいに」




    * * * * * * * * *


○僧房でマシルが雑事にいそしむ円光に話しかける

  マシル
「円光さん尋ねたいことがあります」

  円光
「何でしょうか」

  マシル
「今日は何日でしょうか?出来れば正確に」

  円光
「今日ですか、今日はですね、ええと、文治五年、閏の、四月の十日ですね」

  マシル
「円光さんありがとうございます」

  円光
「ところでマシルさん、友平殿につてい何かお聞きになっていますか?昨年の秋にあなたに切りかかろうとした若者ですよ」

  マシル
「いいえ、何も」

  円光
「無理もないのですよ。あのように血気にはやるのも、認められたいからですよ、他の兄弟たちに。あの方は表向きは泰衡様の郎従となっておりますが、実は亡き秀衡公の御落胤なのですよ。それでなのか、理由はハッキリと判らないのですが、とりわけ泰衡様に可愛がられているということなのですよ」



    * * * * * * * * *


○若葉で蔽われたに葉の木々がそよ風に揺れている。

○本堂でマシルは大法師心蓮と対座している。

  マシル
「この陸奥の国が、この京の街に勝るとも劣らない平泉が、これからどうなるかは、これ以上詳しく申し上げることは出来ないのです。というのも先ほどから何度も申し上げているように、トキの旅人というのは、過去の歴史を変えるようなことを言ったり行ったりしてはいけないからです。というよりそんなことをしたら、未来が変わってしまい、私自身も存在しなくなってしまうということになるからです。ですから、そもそも私が過去を変えようなどとする試みが成立しないのです。もし仮に無理やりに過去を変えようとしても、きっと何か巨大な、この宇宙を支配しているような力が働いて、私の試みを打ち砕くでしょう、、、、でもご安心くだされ、このことだけははっきりと断言できます。毛越寺も中尊寺も、その他の僧院も堂塔も何ひとつ傷つけられることなく、その後も末永く残り続けます。それだけではなく、この陸奥の国のほとんどの田畑も荒れることなく存続し続け、そこで汗を流す農の民も末永く暮らし続けることが出来ます」

○それまでこわばっていた大法師心蓮の表情が和らぎ始める。

  大法師心蓮
「それでは民はそれまでのように平和に暮らす続けられたということですな」

  マシル
「そうです、すべての僧侶と、すべての民は、、、、」

  大法師心蓮
「・・・・・・」

  マシル
「頼朝というのは怖いくらいに道理をわきまえ男です」

  大法師心蓮
「・・・・・・」


○本堂の外が急速に薄暗くなってきている。

  大法師心蓮
「戦は出来るものなら避けたい、でも残念ながら私たち仏道に励むものに戦をやめさせるような力はない、出来ることといったら平和をよりよき平和にすることぐらいで。しかし私たちのそのようなひそかな願いもむなしく、いつも何か巨大な力が働いて私たちを取り返しのつかない悲劇へと駆り立てる。そのようなとき私たちに出来ることといったらただひたすら祈ることだけ、でも、私たちの誰もが平和を望む限り、いつかは、二度と人と人とが殺しあうようなことがないようなそんな平和な日々が訪れるだろうと思っているんですよ」

  マシル
「・・・・・・」

  大法師心蓮
「どうでしょう、近い将来のことは話せないということでしたが、遠い将来、未来は、この日本国の未来はどうなっているのでしょうか?」

  マシル
「ええ、たしかに戦はすぐにはなくなりませんでした。今から約四百年後には、それまで仲良く暮らしていた二百もの国々がお互いの優劣を競い合って戦をするようになりました。それでもどうにか争いごとは収まり、約七百年後にはこの日本から戦というものは完全になくなり平和が訪れました」

○これを聞いて大法師心蓮が思わず笑みを漏らす。

  大法師心蓮
「ほう、ほう」
 
  マシル
「ところが戦というものが次の段階へと進んでいったのです。ご存知のようにこの地上には日本のような国がたくさんあります。そのときはたしか二百ぐらいの国があったと思います。今度はその国々が戦を、そのときは戦争と言うようになったのですが、その戦争をするようになったのです。日本も隣国とやりました。最初は勝っていたのですが、残念なことに最後はもう二度と立ち直れないくらいにやられました。そこで日本はその苦い経験を踏まえて決断しました。もう戦なんかやらない国になろうと。そこで日本は武器を持たないことにしました。武器があるから戦争になるのであって武器がなければ戦争にならないと考えたからです」

○本堂の外は先ほどにも増して暗くなってきていた。

○マシルの話は続く。

  マシル
「そのとおりに、日本は武器を持たない国になりました。それ以来日本は他国と戦争をしなくなり、それからはずって平和が続くことになりました」

○大法師心蓮は嬉しそうにうなづいて聞いている。

○マシルの話は続く。

  マシル
「でもたしかに日本は平和になりましたが、そのほかの国々の間には相変わらず戦争が続いておりました。ところが、そのうちに人々はあることに気づくようになったのです。それは、戦争の当事者がお互いに相手を、『悪い奴ら』、『悪いことをたくらむ国』と思ってやっていることに気づき始めたのです。つまり戦争というものは良い人どうしの殺し合いということに気づいたのです。それまでは戦争というものは自分たちだけは善人で相手は成敗すべき悪人だから『この戦争は正義の戦いなのだから敵は容赦なく殺してもかまわない』と思ってやっていたわけですから、このときまさに発想の歴史的大転換が起こったわけですよ。これには日本の平和主義が影響していたと思います。そうなるともう後は簡単で、世界のあちこちの国で日本と同じように武器を放棄するようになりました。そしてやがて世界のすべての国が武器を持たなくなり、永久の平和が訪れたのです。そして万人が平等となり、誰もが好きなことをやって生きていける社会となりました」

  大法師心蓮
「ほほう、それは、それはいつのことですか?」

  マシル
「それが実現したのはまさに今年から数えて千年後の未来のことでこざいます」

  大法師心蓮
「なんと喜ばしいことか、千年後に大祖清衡公の祈願がついに成就したというわけか」


○そのときまでに本堂内はお互い顔が見えないくらいに暗くなっていた。

○そしてその暗闇を引き裂くようにまばゆい光の帯が轟音と共に二人を包むようにして通り過ぎていった。

○二人はその衝撃に耐えるようにしてしばらく目を閉じていた。そして再び目を開けたとき外は普段どおりの午後の穏やかさにに戻っていた。

  大法師心蓮
「いったいどうしたというのだろう。たしか昨年の今頃もこういうことがあった」

  マシル
「・・・・・」

○怪訝そうな顔で外に目をやる大法師心蓮にたいしてマシルはすべてを理解したかのように密かにほくそ笑む。


    * * * * * * * * *


○泰衡邸で泰衡と忠衡が対座している。

  泰衡
「なに行方がわからないだと、言い訳にもならん。護衛はつけてなかったのか?」

 忠衡
「つけておりました。数名ほど、それで十分かと」

  泰衡
「それでどうして見失うのだ、それはどこなのだ」

  忠衡
「はい、鬼舞台といわれているところで、霊場になっていて、普段住民は近寄らぬ場所なのですが、判官様がぜひ見てみたいとおっしゃられたので、それで案内したわけなのですが、、、、」

  泰衡
「そこで見失ったというわけか、納得がいかない」

  忠衡
「はい、そこは大きな岩が幾重にもかさなっていて行く手をさえぎるような険しいところでして」

  泰衡
「そこで見失ったというのか?」

    忠衡
「そうなのですが、実はあの方はあのようでありますから、歩いていくだけでも大変なところを馬に乗ったまま鬼舞台を目指したのですよ。さらにその場所に着くといきなり馬に乗ったままその鬼の舞台に駆け上ったのですよ。そして無事駆け上がると、満足そうな笑顔を見せながら馬から下りたのですが、そのときです、急に周囲が暗くなり、雷のような轟音とまばゆい光にその鬼舞台が包まれたのですよ。しばらくして元に戻ったのですが、判官様はなかなか降りてこないので、心配になって何とか駆け上った見たのですが、馬もろとも判官様の姿はそこにはなかったのですよ。われわれは懸命に探しました。でも結局は見つけることは出来ませんでした」

  泰衡
「まんざら嘘でもなさそうだな。たしかにあの光は予も見たからな、でも出来すぎた話じゃな、消えていなくなったなんて、まさか、もう北のほうにでも旅立たせて、それを方便で言っているのではないだろうな」

  忠衡
「いいえ、そのようなことは決して」

  泰衡
「忠衡、それにしても失態じゃど、義経殿の存命は、この平泉、しいてはこの陸奥の国の命運を左右するのだからな。さてどうしたものか、急に消えてなくなりました、などと言ったって、、、、こちらには都合がいいことだが、、、、はたしてそれで頼朝が納得してくれるかな、、、、」

  忠衡
「・・・・・・・」


○泰衡は席を立つと庭のほうに目をやりながら何やら独り言のように言い続ける

  泰衡
「さてどうしたものか、、、、まあ、厄介者がな、、、それはそれでいいのだが、、、待てよ、こんな手もあるか。忠衡、このたびのことは間違いなくおぬしの失態じゃ、だからそれなりの責任を取ってもらう。それでだ、義経の代わりとなるものを差し出すように、詳しい段取りはこちらで決める。判ったかな?」

  忠衡
「はっ、はい」

○ほくそ笑む泰衡。


    * * * * * * * * *


○山道を歩いているモダジが突然追捕の兵士に囲まれる。

  兵士の長
「冬伍の息子の宗助だな?」

  モダジ
「へえ」

  兵士の長
「これからお前を罪人として召し捕る」

  モダジ
「オラが何をやったというが」

  兵士の長
「荘園の脱走、集落の掟破り、税の詐取だ。この罪は大変重いものだ。死罪に値する。逃げようなどとは考えないことだ。もし逃げたらお前の両親兄弟は皆死罪になる。判ったか」

  モダジ
「・・・・・・」

  兵士の長
「観念したようだな。まあ、お前にも何かと都合があるだろうから、少しの猶予を与える。だが今から五日後、閏四月の三十日の朝に、衣川館に必ず来るように。もしこなかったら、さっきも言ったとおり、お前の親兄弟はみんな死罪になる。判ったな」

  モダジ
「・・・・・」


    * * * * * * * * *


○僧房で円光がマシルに話しかける。

  円光
「本院からのかえりみちヤヨ殿と会いました。とても不安な様子で、それによると衣川館で何かただならぬことか起こっているようで、義経様の姿がまったく見えなくなったとか、このまま何か大変なことが起こるのでしょうか?」

  マシル
「まだなんともいえないですね。でも先日言ったように、これから何が起ころうとも、決して僧侶としての本分を忘れないで、ただひたすら修行に励んでいれば衣につく僅かな塵さえも決して失われることはないのですから」

  円光
「・・・・・」

    マシル
「・・・・・」


     (このときマシルはひそかに思っていた。
      この間まばゆい光の帯に包まれたとき、
      あの時何かが起こっていたことに。
      そしてそれは自分が未来を実際の
      姿とはまったく反対に、
      永遠の平和が実現されているなどと
      嘘を言ったために起こったのだと考えた)

 

    * * * * * * * * *


○ヤヨを訪ねて来たモダジの父親(冬伍)がマシルと話している。
 打ちひしがれた様子のモダジの父親。

  モダジの父親(冬伍)
「なんで、何にも悪いことしてないオラダヂがこんなめにあわなきゃなんねえだ、何で死罪なんだべさ」

  マシル
「誰が死罪なんですか?」

  モダジの父親(冬伍)
「宗助が」

  マシル
「えっ、どうして、どんな罪なのですか」

  モダジの父親(冬伍)
「よくわがんねえ、掟を破ったとか、でも宗助はみんなに何にも悪いことはしてねえ」

  マシル
「・・・・・・」

  モダジの父親(冬伍)
「オラ、みんなには、宗助を勘当したといってるけど、本当はつがう、ほんとうは誇りに思っている。だがら、このまま元気にずっとずっと生きていでほすい。だがらほんとうはこのまま逃げで逃げでいぎのびてほすい、オラダヂのことはかまわないから、逃げで生ぎのびでほすい」

  マシル
「・・・・・」

  モダジの父親(冬伍)
「オラだちは米の出来がいいこと、家族がみんな元気なこと、それだけが楽しくて生ぎてぎた。それだけで良い、あどは何にもいらねえ、それなのに、、、、」

  マシル
「それで宗助さんは今どこに?」

  モダジの父親(冬伍)
「まだ山に居るけど、でも三十日の朝までに、判官様の館に絶対に来るようにって、もし来なかったらオレらもヤヨも死罪みたいで」

○マシルは今何が進行しているかすべて理解した。
○モダジの父親の話がつづく。

  モダジの父親(冬伍)
「オラだず誰もがずっと思ってるごと、それはだ、宗助みたいに生ぎられだらなあってこどだ、だがら宗助はみんなの希望なんだよ」

  マシル
「・・・・・」


    * * * * * * * * *


○僧房で円光がマシルに話しかける。

  円光
「詳しいことが判りました。判官様が鬼の舞台と呼ばれているところで急に姿が見えなくなったということです」

  マシル
「鬼の舞台?」

  円光
「ええ、そうですよ、マシルさんが意識を失って倒れているところをモダジさんに助けられたところですよ。そこは霊場となっていて普段は誰も近づかないんですよ」

  マシル
「・・・・・」

  円光
「でも私が思うには、それは偽りだと思います。そんなところで実際に人が消えるなんてあるわけないですから。霊場で人が消えたといえば人は信じると考えたのでしょう。でもそれは判官様を北の方にでも逃がすために仕組まれた忠衡様のたくらみに違いありません」

  マシル
「・・・・・」


    * * * * * * * * *


○マシルは自分が倒れているところをモダジに発見され、また義経が忽然と消えてしまった場所、そして住民からは鬼の舞台と呼ばれ霊場となっている平らな岩の上に仰向けに横たわり空を見続けている。

      (マシルは義経が消えてしまったのは、
      何かのきっかけでタイムマシンが
      作動したのではないかと思っていた。

      その何かというのは、カラムが何とかして
      自分を助け出そうとタイムマシンを
      操作しているときに、自分の壮大な
      歴史の歪曲に時空の修正作用が
      働いたことである。

      マシルはひそかに再びタイムマシンが
      作動することを願っていた。
      でも作動したとしても自分が元の世界
      に戻れるとも思えなかった。
      なぜなら自分がここに来たのは
      誤作動したからであって、
      決してあのタイムマシンは完璧
      ではないと思ったからである。
      義経だってどんな時代に迷い
      込んだか判らないと思った。

      マシルはここで知り合いお世話に
      なったたくさんの人たちの顔を
      思い浮かべた。
      ・・・・円光、モダジ、そしてその家族、
          最後にヤヨの顔を・・・・)



    * * * * * * * * *


○その夜、マシルは夢を見る。

○マシルと図書館で偶然であったライカと何も話せずに見詰め合っている。

○マシルは苦しそうに顔を背ける。

○そして再びライカのほう見ると、ライカはヤヨに変わっていた。

○マシルは微笑みながらヤヨに近づき話しかける。



    * * * * * * * * *


○西暦二千年代の服装をしたマシルとヤヨが日本の海辺で遊んでいる。


    * * * * * * * * *


○閏四月二十八日の宵マシルはヤヨと落ち合う。

○ヤヨにはかつてのような柔和さはなく何か不吉なことを予感しているかのように青ざめているが、マシルはいつものように穏やかな笑みを浮かべている。

  マシル
「これから話すことはとても重大なことだ。気をしっかりもって聞いてくれ。今晩のうちに身の周りの物をまとめて御館を立つのです。そしてそのまま兄さのモダジ殿のところに行くのです。そしてモダジ殿に伝えてください。すべてが解決したから、もう衣川館には出向く必要はないと。でも何か不慮の災が起こるかもしれないので、だれも分け入ることが出来ないように山の奥へ奥へと、家族みんなと妹御をつれて逃げる準備をするようにと」

  ヤヨ
「うん、判った、でも、それを伝えたらわたしはすぐ戻ってくるからね」
  マシル
「ええ、どうして戻って来るんだ」

  ヤヨ
「だってマシルと、あなたと旅にでるんでしょ」

  マシル
「うん、そう、そうだけど」

  ヤヨ
「私も行くんでしょう、だって前に私もいっしょに連れて行くって約束したよね」

  マシル
「うん、そうなんだけど、でも今は、、、、」

  ヤヨ
「私をおいてどこに行くの?」

  マシル
「・・・・・おいてなんて、どこへもいかない、でも、、、、」


○マシルは苦しそうな表情をしていきなりヤヨを抱き寄せた。

  ヤヨ
「もう二度と会えないの?」

  マシル
「そんなことはない、、、、、いや判らない、今はなんともいえない、、、私は歴史を変えたい、でもどうなるか判らない、、、、奇跡が起こればどこか遠い未来で会えるかもしれない、でも判らない。でもとにかく、モダジ殿と行動を共にするように。たとえこれからこの平泉にどんなことがおころうともね」

  ヤヨ
「、、、、お願があります。あなたがここに居たという徴を私にください」

  マシル
「、、、、判った、、、、」




    * * * * * * * * *


○閏二月の三十日の朝。モダジの身形をしたマシルは衣川館の門前に立っている。

○数百名の泰衡の軍勢が館を取り囲む。

○やがて館のあちこちから火の手が上がる。

○マシルの居る部屋が炎に囲まれる。

○抜き身を手にした友平が部屋に入ってくる。

○友平が訝しげに座を組んでいるマシルを見ている。


  友平
「お前か、貴様はいったい何者だ」

  マシル
「 旅人、時の旅人」

 友平
「うむ、オレには判らん、いったい何をたくらんでいる。余所者のお前が我らがために命を投げ出そうとするのか」

  マシル
「・・・・・」

  友平
「本当の狙いは何なのだ?」

  マシル
「・・・・歴史が変わることを・・・・」

  友平
「うう、もうよい、最後に何か言い残すことはないか?」

  マシル
「私の首を鎌倉に持って行く任を絶対に引き受けないように」

  友平
「・・・・・」

  マシル
「・・・・・」

  友平
「承知した。この楽土平泉のために命をささげた貴様のためにも、我が命を懸けてそなたの首を鎌倉に届けよう」


○友平の刀が振り下ろされる。

○衣川館が炎と煙を上げて燃え盛る。
○その様子は平泉のいたるところから人々の目にとまる。

○遥か彼方から衣川館が炎上するのを農夫たちが野良仕事をやめて見ている。





          おしまい




  に戻る