酔いがさめて(後編)
はだい悠
「そうだよなあ、奴らはみんなそうだよなあ。わがままって言うか、他人は関係ないって言うか。決して悪気が在ってやってんじゃないんだけどなあ、、、、」
「そうなんですよね。みんな意地悪でそうしているのではないことはなんとなく判っていたので、そこで、そうした人たちだから、こういうやり方も仕方がないのかなあと思ったりして。だって、そうですよね。サブさんって、自分のやりたいようにっていうか、他の人にはかまわないっていうか。そのうえ二日酔いでよく休むし、平気で遅刻はするし、面白くないことが在ると早く帰っちゃうし、とにかくもう滅茶苦茶なところがあるけどサブさんのところの人たちだってみんな同じような人たちですよね。どっかというと仕事より酒が好きで。」、
「そうだなあ。タケジイなんか、俺と大して年は離れてないんだけど、もう爺さんみたいな顔をしてるもんな。このままだと仕事の最中に死んじゃうか、飲みながら死んじゃうかのどちらかだな。だから、あんまり休むなっても言えないんだよな。せめて週に四日は仕事に出てほしいんだけどなあ。」
「そうなんですよ、みんな仕事の進み具合なんか関係なく、なんか適当な理由を見つけてはどんどん休んでしまうとか、、、、」
「そう言えば、トラタもチョウもけっこう休むなあは。今度入ってきたのだってよく休むだろう。」
「ええ、まあそれで、ほとんど毎日がそうなんですけど。朝、仕事に入る前は、みんな二日酔いで不機嫌で、ボォッとしてなにもしゃべらず、なかには一日中なにもしゃべらない人もいるんですけど、はたしてこれで仕事になるのかなあという感じで。そして、仕事に入るときは、なんの打ち合わせも話し合いもしないで、自分でかってに好きな仕事を見つけて、あとは岩みたいに黙々とやるって感じで、サブさんがそうだからみんなもそうなんだろうけど。自由なひとたちのようにも見えるけど、わがままな人たちのようにも見えるし、でも、どう見てもまとまりが在るようには見えない。だけど、仕事はそれなりにまとまってくるし、それでだんだんこういうやり方も在るのかなあと本気で思うようになって来て、そう思うと、なんとなく気が楽になり、皆から怒鳴られるのもあんまり気にならなってきて、それに、先輩たちは悪い人たちではないことが時間がたつにつれてだんだんハッキリしてきたので、もう、あとはとにかく自分で自分の仕事を見つけて自分の力で覚えて、みんなに負けないように頑張るしかなかったすよ。」
「そうだろうな。サブも親方なんだからもう少しまわりに気を使えば良いんだろうけど、昔からちっとも変わってないもんなあ。生まれつきだからしょうがないと言えばそれまでなんだけど。なあ、徳、お前だってそう思うだろう。サブは周りから言われるほど悪い人じゃないって、べつに弟だからってかばうわけじゃないけどさ。仕事だって、まあ、俺から見てもちょっと自分かってな所もあるけどな、でも、人から他のところに行ったら通用しないなんて言われるほどだめじゃないと思うよ。なあ、そう思うだろう。だからだよ、もしサブがだよ、なにもヤスみたいに厳しくやれとは言わないけれど、もう少しまわりに気を使って、もう少し仕事に前向きな気持ちでやれば、きっと相当なものになるはずだよ。なあ、徳、、、、うん、だけどなあ、サブがそうなると、今度は困る人が出てくるような気がするんだよな。」
「えっ、誰ですかそれは?」
「うん、タケジイとかトラタとかチョウとか、サブの下で働いている連中だよ。サブが俺んとこでしか使い物にならないというなら、奴らだってサブのとこでしか使い物にならないんだよ。お前さっき同じような人間っていってたけど、そう言えば本当にそうだよなあ。だから奴らはサブのところが居心地がいいのかもしれないな。もしサブかヤスみたいに遣り出したら、奴らはきっと逃げ出してしまうだろうな。だって、そうだろう。タケジイは誰が見たって他じゃもう使えないだろう。もうここで骨を埋めるしかないんだよ。奴は借金取りに追われてここに逃げ込んできたようなもんだからな。もう奴には行く所がないんだよ。もう少し酒を控えて仕事も休まないようにすれば、他でも使えるかもしれないがね。でも、無理だろうな。トラタだってな、人から指し図されるのが大嫌いで、まあプライドが高いっていうか、人から言われるのが嫌なら、もう少し真面目にやればいいんだけど、それも嫌だって言うからなあ、わがままっていうか、なんていうか。トラタは最初ヤスのところで働いていたんだよ。それが理由もなく休むし、自分勝手に仕事をやるので、ヤスは使えんと言うことでサブのところにまわされたんだよ。頑固で無ロで無愛想で、お前そんなんじゃ、他に言っても嫌われるだけじゃなく女にも嫌われるぞと言ったって、女は好きじゃないとムキになるし、何年経ってもまったく変わらない奴だよ。チョウだって、自分がないっていうか、頼りないっていうか、もう少し気持ちを出して仕事をすれば物になるんだろけど、でも三十過ぎてもあの調子だから、いまさら直るわけないだろうな。ここに来たのだって、手配しがしつこくて嫌だって言ってきたんだから。人が良いっていうか、だらしないっていうか。本当にそうだよなあ、サブのところに長く居る奴は、他じゃ使い物にならないような、ちょっと変な奴ばかりだなあ。なあ、徳、お前よく失敗してみんなに怒られていたけど、奴らだってけっこう失敗していたんじゃないのか、どうだ、正直にいってみい。」
「はい、そうでした。仕事に慣れてくると、オレだけじゃなくて、サブさんや他の人たちも失敗することがだんだん判ってきて、もちろんサブさんの現場はいつもトラブルだらけって感じでしたけど、でも、みんなの失敗は表に出ないんですよ。些細な失敗から、とんでもない失敗までけっこうやっているんですけどねえ。それに比べて、オレの場合は目立つんですよ。すぐみんなに知れ渡ってしまうんですよ。それでしょっちゅう怒られたりからかわれたり、よその人が見たらまるでオレだけがいつも失敗しているかのようにね。でも、普通だったら、そこで、なんでいつもオレの失敗だけが責められるのかと、ふてくされるんだろうけど、なぜかそれほど気にならなかったです。人から言われるのがそれほど苦にならない性格なんでしょうか。それよりも、みんなの失敗を見て、なぜあのやり方はだめなんだろうとか、これからはあうやってはいけないのだとかって、色々なことを考えてみたり、また大きなトラブルが在ったときには、前もって打ち合わせや話し合いをしていれば、あんなことにはならなかったはずだと思ったりしてました。そのうちに、オレだったらこうするのになあと思うようになってきて、たとえば、こうすれば無駄がなくなって仕事がもう少しはかどるとか、こうすれば皆にまとまりが出来て大きな失敗もしなくなるだろうとか。そのほかにも色々と毎日のように考えました。今でもはっきりと思い出せるくらいに。でも、そのことをみんなには絶対に言えなかったです。だって、なんにも知らないくせに、生意気だと思われるだけでしたから。」
「良いんだよ、言ったって。そこまでみんなに気を使うことはないよ。良い事をいったのに、それを生意気だと思うような奴が間違っているんだからね。それにさ、皆が失敗したとき、なにも遠慮なんかしないでさ、その仕事を取り上げるくらいの気持ちで、自分から進んでその仕事をやればよかったんだよ。そこで何かを言われたら、喧嘩するくらいの気持ちで言い返せばいいんだから。」
「いやあ、そこまでは気が付かなかったです。それになんか悪いような。」
「お前も変な奴だなあ。まあ、最初に見たときが、そんな奴じゃないかなあと思ったから、マモルをヤスにお前ををサブにしたんだけどな。マモルもなんとか持ってるし、お前もどうにかやってるし、まあ、これでよかったと言うことだな。よしっと、なあ、もっと飲めよ。なにもオレの前で遠慮することなんかないんだからな。」
「あっ、はい。ところで、話しは最初に戻りますが、なぜ、オレが、というか、いや、その前にですね、なぜ、サブさんやヤスさんが世話人をやらないんですか?」
「あう、そのことね。おっかあにも話したんだけど。話しをすると長くなるんだよなあ。結論から言おう、要するに二人ともだめだと言うこと。サブはお前も知っているように仕事を休むだろう。ヤスは、これはヤスのたった一つの欠点とも言っていいくらいなんだけど、とにかく、ヤスは仕事と直接関係のない面倒くさいことは絶対にやりたがらないだろう。だが、もし仮にやったとしても、はたしてサブがヤスの言うことを聞くだろうか。まあ、絶対に聞かないだろうな。そうなるとヤスだって、やってられないだろう。なっ、理由は簡単なんだよ。
「それじゃ、マモルはどうなんですか。入ったのは同じ日だし、いつかマモルが言ってましたよ。ヤスさんのとこは、ヤスさんだけでなく、他の先輩たちも親切丁寧に仕事のやり方を教えてくれるって。それに朝には皆でちゃんと打ち合わせをしてから仕事に掛かるって。とにかく何から何まで、ヤスさんがきちんと指示を出してくれるので、ものすごく働きやすいって。そのおかげらしいんだけど、自分は失敗らしい失敗はしたことがないし、他の人の失敗も見たことがないって。だから、仕事はいつもこれといったトラブルもなく、当たり前のように自然に進んでいって、気が付いたらいつのまにかに終わっていたという感じで。最初、これを聞いたときは、ほんともう、うらやましかったです。だからそんなところで働いているマモルは、オレよりもずっと仕事が出来るはずですよ。なぜマモルを選ばなかったんですか?」
「いやあ、ごもっとも、あなたのおっしゃるとおりですな。でもなぜ、気が付かなかったのだろう。そんな優秀な人が身近に居たなんて。そう言えば、ドジだ間抜けだって言う話しばかり耳に入って来たお前と違って、マモルが失敗したという話しは聞いたことがないなあ。マモルのほうがよかったかなあ。ちっとも気が付かなかった。でもなあ、マモルは悪い評判は聞こえて気来なかったが、良い評判も聞こえてこなかったなあ。まあ良いか、終わったことだしな。それにお前が嫌だって言ったからって、はいそうですかって言って、そう簡単にマモルに変えるような話でもないしな。そんなことよりも、どうしても納得がいかないっていうか、気に掛かっていることがあるんだよ、サブとヤスのことだけどね。二人は何もかも正反対、まるで水と油、善人と悪人、一方は職人のかがみのように言われ、もう一方はゴキブリのように言われ、サブのことだけどね。でもねえ、サブは、もう十人中十人からだめだだめだって言われるけど、はたして本当にそうなのかなって思ってんだよ。みんなに迷惑ばかりかけていて本当になんの役にも立っていないのかなあって。いやそんなことはないだろうって思うんだよ。きっと何か良いことをしているはず、何かの役にたっているはずだと思っているんだよ。いやもちろん、サブに比べたらヤスのほうがずっと役に立っているよ、申し分ないよ。この仕事をやっている者にとっては理想的な人物だよ。完璧と言ってもいいくらいだ。ヤスに任せておけば絶対に安心だ。ヤスのおかげで会社もだいぶ助かった。絶対になくてはならない人間だよ。だも、なんかすっきりしないんだよなあ。お前さっき、ヤスの仕事振りを言ったけど、あんなもんじゃないよ。もう徹底してるんだから。お前はヤスといっしょに仕事をしたことがないからわからんだろうが、本当にきちんとしているんだから。コンピューターみたいにな。良いかヤスの頭のなかにはな、工事現場の図面だけじゃなく、実際の現場はどうなっているか、隅から隅まで入っているんだよ。それに何日あれば完成するとかもほとんどピッタリと言うことが出来るんだよ。それはきちんと計画をたて、朝に打ち合わせをしてその日の仕事の分担を決め、皆で協力してやるからできることなんだろうね。とにかくしっかりしているよ。それに、こういうやり方をすれば墓が行くとか失敗しないとか全部知っているから、仕事を知らないものにはそれが出来るようになるまで絶対に任せない。もうすべてに目が行き届いているという感じで、だから失敗とかトラブルとかはめったにないんだよ。マモルが、当たり前のように自然に仕事が進むって言ってるようだけど、それはだな、ヤスが、失敗やトラブルをあらかじめ予測して、皆がそっちの方向に向かわないようにコントロールしているから、そう見えるんだよ。すごいだろう。完璧だろう。お前もこういうところで働いてみたいだろう。楽だぞう。でもなあ、不思議なんだよなあ。そんなにヤスが良い仕事をするなら、ヤスといっしょに仕事をする人がどんどん増えてきてもいいはずなのに、サブとあんまり変わらないもんなあ。それが判らない、最大の疑問だ。仕事が出来る出来ないはあまり関係がないような気もするな。サブのもとで働きたくないと言って辞めていくのは判るけど、でも、なかには、あの優秀なヤスの下でも働きたくないと言うのが、実際に居るしな。そういうのは辞めていくか、サブのとこにまわってくるんだけど、でも、サブのとこにまわってくるのは、ヤスのところだけじゃなく他のところでも使い物にならないような人間ばかりだな。おそらく、どこに行ったって奴らは、駄目だ、バカだ、クズだ、のろまだ、間抜けだ、かすだ、ばい菌だとかって言われているんだろうな。でも、なんて言われたって、奴らも生きて行かなければならないもんなあ。そうだよ、サブは役にたっているんだよ。だって、もし、サブのような人間が居なかったら、奴らは他に行くところがないだろう。オレにはよく判らないけど、サブのところはなんか居心地がいいんだろうな。これは大発見だぞ。なあ、徳、お前もそう思うだろう。」
「あ、あっ、はい。」
と徳はなま返事をした。キヨシの言うことがよく判らなかったからだ。そのとき花江が徳の夕食をも持ってきた。キヨシが壁の時計に目をやりながら言った。
「もう、こんな時間か、腹減ったろう。まあ、食えよ。」
徳が食べながら言った。
「あのう、ところで、話しは始めに戻るんですが、なぜオレに決めたのか、まだその理由を聞いてないんです。」
「うっ、そうか、まだそんなこと、、、、いや、あれぇ、言わなかったっけ。さっき言わなかったかなあ。うん、理由はちゃんとあるよ。在るからお前を選んだんだよ。でも、今ちょっと酔ってるからなあ。ぼんやりとは判ってるんだが、ああ、駄目だ、うまく言えそうにない。理由はこうだってハッキリ言えないのはなんとも歯がゆいのう。そんなことより、お前がここに一人で居ると言うことがだよ、お前が皆の代表者にふさわしいと言うことが証明されているようなもんだよ。だって、あれだよ、もし本気で、お前が代表者になることに反対するものがいたら、今頃お前の隣に座っていても良いはずだよ。反対だとか、会社を辞めるとか言ってさ。だから今ここに誰もいないってことは、お前が世話人でも良いってことを認めたことになるんだよ。だって夕方皆が事務所にいたとき、誰もお前に決まったことを話題にする奴はいなかったじゃないか。みんな普段と変わりなかったじゃないか。この話しが思いがけなかったので、皆には多少ショックが在ったかもしれないが、それでお前のことを、からかったりしてるんだろうけど、本当はお前で良いと思っているかもしれないよ。それはね、これこれこういうハッキリとした理由でお前が良いと思っているんじゃなくて、みんなが今までお前がやってきたことをずっと見てきて、まだ仕事のほうは皆のようには出来ないけれども、お前のなかに代表者としてふさわしいものを、言葉ではうまく言い表せないような何かひきつけるものを感じ取っているからだと思うよ。そういうことなんだよ。俺は、お前に充分勤まると思っているよ。えい、どうだ、思い切ってやってみろよ。」
「うっ、、、、どんな仕事か判らなくて。」
「まあ、元請の開く打ち合わせや会議に出たりするだけで、あとは、色んな事を連絡したり、まあ、たいしたことないんだよ。」
「責任重大なんですか?」
「せきにん、責任なんてないよ。責任は俺が全部取るんだから、もう、安心して思いっきりやれよ。」
「それはいいんだけど、皆にどう接してよいか判らなくて、、、、」
「「お前は皆のことどう思っている。」
「えらいなあと思っているし、尊敬してます。」
「いや、それで良いんだよ。これからもそういう気持ちをもって接すればいいんだよ。」
満足そうな笑顔で徳は帰った。キヨシは徳が引き受けてくれることを確信した。しかし、後片付けをする妻の表情が不機嫌そうなのは気にかかった。キヨシは得意げに、そして陽気に言った。
「どうだい、俺の言ったとおりになったろう。なあ、花ちゃん、花ちゃんは徳のこと嫌いなのかな。」
「好きとか嫌いとか言うんじゃなくて、徳ちゃんで本当にだいじょうぶかなって、心配なんです。でも、あなたがそれで良いというなら、わたしはなにも言うことはありません。」
「まあ、心配するのもわからんでもないけど、でも、徳はどう化けるか判らんぞ。まあ、なんとかなるんんだよ。」