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   妖幻のマヤ(最終章)
           シナリオ風幻想恋愛物語



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          小山次郎






       *  *  *  *  *  *   

○摩耶は本荘との待ち合わせのため身支度をしている。洋服は先日仕立て直したものである。マヤの民芸品店で買ったミサンガを腕にはめ、髪飾りをつける。そしてその自分の姿を鏡に映しながら摩耶は突然浮かびあがる幻影に身をゆだねる。

--キチュの母--
「これから何が起こっても決して恐れてはいけません。あなたには永遠の命が約束されているのですからね。あなたは私たちの希望、さあ、胸を張って、勇気の光を瞳に輝かせて」

--キチュ--
「・・・・・」

    *  *  *  *  *  *  

○本荘と摩耶はレストランで食事をしている。少し離れた隣の席には摩耶たちを監視する《運命同好社》の女研究員とその助手がいる。

--本荘--
「僕はね今とてもワクワクしているんだ、ねえ、なんか予感しない?」

--摩耶--
「ええ、どんな予感?」

--本荘--
「幸せの予感」

--摩耶--
「わからない」

--本荘--
「うん、じゃあ、楽しいことは後にとっていてだね。そうだね。僕は今まで、自分の好きなこと、やりたいことをやっていて、それで満足できるなら、それで充分、たとえそれで結婚できなくても、それが幸せだとおもっていたんだよ。でもなんなんだろう、たとえば取材で海外に行っていて、仕事も成功して充実して帰ってくるはずなんだけど、でもいつも何か満たされない気持ちなんだよ、空しいって言うか、でもこの間カンボジアから帰ってくるとき、そんな気持ちはちっともなかった、むしろ東京に帰るのが楽しいって言うか、とっても満ち足りた気持ちになっているんだよ。それはカンボジアより東京が好きだからというのではないのです。どちらも同じぐらいに好きです。いや地球上の何処でもみんな同じぐらいに好きな気分です。たぶん僕の心に何かが起こったのでしょうね、この数ヶ月の間に。じつは、近頃こんな考えを持つようになったんです。自分がやりたいことをやってそれで満足すればそれが幸せだって思うことは間違いではないだろうかってね。人間の幸せってもっと違うところにあるんじゃないだろうかってね。たとえば誰かのために役立つとか、もっと判りやすくいうと多少自分を犠牲にしてまで誰かのために役立つということが、本当に幸せに通じるんじゃないかと思うようになっているんですよ」

--摩耶--
「・・・・・」

--本荘--
「じつはカンボジアにいるときも帰りの飛行機に乗っているときもずっと君のことばかりを考えていた、なぜでしょう?」

--摩耶--
「・・・・・」

--本荘--
「君に結婚を申し込むことを決めていたから、改めて言います、由美さん僕と結婚してください」

--摩耶--
「・・・・・」

--本荘--
「いや、返事は今でなくても良いよ、突然でびっくりしたかもしれないから」

--摩耶--
「いいえ、今します。喜んでお受けいたします」

   (女研究員が怒りの表情でその助手に話しかける)

--女研究員--
「あれほど警告したのに、どうなっても知らないよ」

--助手--
「何か起こるんでしょうか?」

--女研究員--
「判らない、でも掟破りは死で償ってもらうよ」

--助手--
「キビシイ、ああ、なんて幸せそうにしているんだろう」

   (晴れやかな表情で本荘は話し続ける)

--本荘--
「ありがとう、予感が当たった、こんなにも充実した気持ちになるんて、もう迷うことはない、君がそばにいればもう人生に迷うことはない。ありがとう」

--摩耶--
「・・・・・」



  (摩耶は幸せそうな笑みを浮かべてはいるが、
   脳裏をいけにえの儀式に臨むマヤの
    少女キチュの姿がよぎる)

     *  *  *  *  *  *  *  * 

○本荘と摩耶はレストランを出て夜の舗道を歩く。
 その後から女研究員とその助手、
  そしてその仲間と見られる男二人が
   車に乗ってゆっくりと後を追う。

   (歩きながら本荘が摩耶に話しかける)

--本荘--
「結婚式はいつにしようか?」

--摩耶--
「早い方が良いんじゃない、そうね、今はどうかしら?」

--本荘--
「今はちょっと、やはり君のご両親の承諾を得ないといけないだろうから」

--摩耶--
「いいのよ、そんなこと、もうそんな時代じゃない、いいと思ったらやるのよ、それこそナウいじゃない」

--本荘--
「ナウい?」

--摩耶--
「ちょっと昔風の言いかたしたわね。あっそうだ。ちょうど良いわ、あのひとたちに立会人 になってもらいましょう」

--本荘--
「・・・・・」

 (マヤは後から来る女研究員とその助手に
   近づき立会人の話しをつける)

 (あきれ返った表情で女研究員が
   その助手に話しかける)

--女研究員--
「調子に乗っちゃって、もうこのままじゃすまないわね」

--助手--
「でも、なんか面白そう」

 (摩耶が先に話し始める)

--摩耶--
「私たちは、今ここで、マヤの最高神ククルカンの名にかけて、結婚することを誓います」

--本荘--
「えっ、ククルカン?、そうだね。私たちは、今ここで、マヤの最高神ククルカンの名にかけて結婚することを誓います」

--摩耶--
「永遠の愛も」

--本荘--
「永遠の愛も」

  (摩耶は『ほら何事も起こらないでしょう』
    と言いたげに女研究員に微笑みかける)

  (摩耶と本荘は腕を組んで夜の舗道を再び歩き始める)

  (運命同好社の者たちはなおも二人を追跡続ける)

--女研究員--
「さすが魔性の女の本領発揮ね、もうどうなってもしらないよ」

--助手--
「何が起こるのかしら?」

  (摩耶の表情は豊かな喜びに満ち満ちている)

  (すれ違う人たちはその気配を察したかのように
   二人の進路を妨げない)

     --摩耶--
「こうやって胸を張って本当に好きな人と夜の舗道を歩くことが私の夢だったのよ、何十年も夢見ていたことがついに実現したのね」

--本荘--
「何十年?」

--摩耶--
「ふうん、ちがう、何年だった」

--本荘--
「僕もおんなじ気持ちだ、僕だって待っていたからね」

 (摩耶は満面の笑みで夜空を見上げる)

  (そして再び前方に眼を移したとき、
  その表情は凍りつく)

  (摩耶は、かつて自分を殺そうとしただけではなく、
  見合い相手を殺害して自分もビルの屋上から
  身を投げて自殺した男が再び手にナイフを持って
  自分の前に立ちはだかっているという幻影を見る)


  (摩耶は本荘に叫ぶように言う)

--摩耶--
「お願い、私から離れて」

 (摩耶は後ずさりをして本荘から離れるように走り出す)

 (本荘はそのあとを追う)

 (女研究員たちは驚きの表情でその様子をみている)

--女研究員--
「なんか幸せすぎて錯乱してみたいね」

--助手--
「呪いが効いたんじゃない」

--女研究員--
「そんな馬鹿な、ああ、もう何にも信じられない、もう訳の判らないことばっかり起こるんだから」

  (摩耶はビルの非常階段を上がる。
   摩耶にとってはそれは
   マヤの神殿の階段を上る生贄の少女
   キチュの気持ちである)

  (本荘は摩耶のあとを追う)

  (摩耶は行き止まりの階段で止まると振り向き、
  後を追いかけてきた幻影の殺人者の見る。
  そしてその後ろに現れた本荘に眼をやると、
  上体を手すりの上に傾ける)
  (マヤの肉体は翻り落下する)

  (本荘は急いで階段を下りる)

  (地上に落下した摩耶の周りに人だかりが出来ている)
  (本荘は人々を押し分けながら摩耶のもとに
  辿り付きマヤを抱き寄せる)

  (摩耶は本荘と気づいて話し始める)
--摩耶--
「大丈夫だった」

--本荘--
「僕? 僕はなんともないさ」

--摩耶--
「ああっ、よかった」

--本荘--
「それよりいったいどうしたの?」

--摩耶--
「何も聞かないで、これで良いのよ、これで」

--本荘--
「・・・・・」

 (摩耶は切れたミサンガを本荘に渡しながら話す)

--摩耶--
「夢が、願いがかなったみたいね。短い間だったけどほんとに幸せ、、、、、、」

--本荘--
「大丈夫さ」

  (周りの黒づくめの男たちが話しかける)

--黒づくめの男(運命同好社の者)--
「さあ、私たちの車に乗せて病院まで運びましょう」

  (黒づくめの男たちは傷ついた摩耶を
   車に乗せ走り出す)
  (本荘はあまりにも突然ことで状況をつかめないまま
   呆然と見送る。
   そして足元に落ちている摩耶の髪飾りを拾い上げる)

  (本荘は摩耶の搬送先を調べるがどうしても
    知ることが出来ない)

     *  *  *  *  *  *  



○とある秋の日。その後の摩耶(由美)の消息がまったく
 途絶えたまま、本荘は摩耶の家を久しぶりに尋ねる。

  (本荘は摩耶の友人の美佳に迎えられる)

  (そして摩耶は二週間前になくなったことを
   知らされる)

  (居間に通された本荘はかつて飾られていた
   髪飾りとミサンガかないことに気づく)

  (そしてなんとなくポケットから由美の髪飾りと
   ミサンガを出してみる)

  (本荘はそれが同じもののように思われ不思議な
   気持ちになる)

  (そして以前にはなかった生前の摩耶の写真
   に眼をやる)

  (写真は若いときから最近までのものが数枚)

  (本荘は若いときの摩耶の写真を眼にして愕然とする。
   それは由美にあまりにも似ている。
   服装から姿かたちまでそっくりである。
   いや由美そのものである)

  (本荘は近くにいる美佳に訊ねる)

--本荘--
「この写真は?」

--美佳--
「摩耶お嬢様の若いときの写真ですよ。綺麗でしょう、清楚で」

--本荘--
「・・・・・」

 (本荘は全身から血の気が引くのを感じ言葉を失い
  そのばに立ちすくむ)

 (そして突然眼の前にマヤの遺跡群とともに
   熱帯の密林が広がり、
   異常に騒ぎ立てる鳥たちの声が響き渡る)


○庭には摩耶といっしょ種をまいたコスモスが咲き誇っている。






     おしまい




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