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    夢の跡(前編)
          シナリオ風SF時代小説


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            狩宇無梨






     * * * * * * * * * *


 捕食者の真の正体を知って精神を病んだマシルは、その後ずっと人間との接触を断って療養していたが、数年後には、普通に社会生活が出来るまでに回復していた。

 マシルは二十四歳になっていた。
 そしてマシルは地球の歴史を本格的に学び始めた。
 とくに大陸の東の太平洋上にあり、グリーンアイランドと呼ばれ、いまは人間が立ち入ることが禁止され、地図上には捨てられた布切れように横たわる島々について深く学んだ。

 そして次のことが判った。
 そこはかつてヤホンと呼ばれていたこと。
 高度に発達した科学技術によって地球上で最も繁栄した国であったこと。
 ところが西暦の二十二世紀の終わりごろに、突如としてこの地球上から消滅したということ。
 そしてその直接的な原因が核戦争によるものであるということ。

 さらにマシルは調査を進めると次のことが判った。
 そこに住んでいた民族は自分の遠い祖先であるということ。
 そして自分の顔形はその遠い祖先の人々となんとなく似ているということ。

 マシルは今は死語となっている古代ヤホン語を学び始める。
 あるときマシルは、かつての級友カラムが、ある過去の時点を再現させ、それを顧客に見せるというビジネスをやっているということを知った。
 それは発明家を目指していたカラムがタイムマシンの開発に成功したということだった。

 マシルは早速、カラムをたずねた。
 カラムは二千キロ離れた町に住んでいた。

     * * * * * * * * * *


○カラムとマシルはカヤの森を歩いている。

  マシル
「それではタイムマシンではないんだね」

  カラム
「うん、とりあえずは、そうだね」

  マシル
「とりあえず?」

  カラム
「ふん、タイムマシンは、時間旅行というのは、つまり生身の人間が実際に過去に行くということだからね」

  マシル
「・・・・」

  カラム
「時間旅行に興味あるの?」

   マシル
「うん、とても・・・」

  カラム
「実は、まだ誰にも言ってないんだけど、本物のタイムマシンの試作品があるんだ」

 マシル
「ええ、どこに?」

  カラム
「案内するよ」


     * * * * * * * * * *


○二人の乗ったエレベーターか地下深くへと降りていく。

○鋼鉄の扉を開けると、そこは先の見えないトンネルになっていて、青く塗装された巨大なチューブが直線的に伸びている。

  カラム
「原理は基本的にはさっきのと同じなんだ。でも大きく違うのは、物質を過去に送り込めるということなんだ」

  マシル
「・・・・」

  カラム
「君も判っていると思うが、人類はついに、この宇宙で起こるすべてのこと、どんなに小さなことから、この無限の広がりを持つ宇宙の果てまでのことを知ることができるようになった。そしてこの宇宙で起こるあらゆる事象を人工的に再現ができるようにもなったんだよね」

  マシル
「・・・・・」

  カラム
「ところで、そこでだ、その再現のスピードを速めてみたらどうなるだろうか、百倍千倍、いや、百万倍一千万倍とかね、」

  マシル
「・・・・」

  カラム
「それは可能なんだよ。そこでだ、そのスピードが百万倍にも速く再現されている事象のなかに、普通の時間に存在しているものをおいたら、つまり、その物の周りが百万倍も速く未来に行っていたら、相対的にその物は必然的に過去に行かざるを得なくなっているということなんだよ」

  マシル
「・・・・試してみたの?」

  カラム
「もちろん、その物が消えていたからね。でも本当に過去に行ったかどうかわからない、確かめようが無いからね」

  マシル
「人間、、、生き物でやってみたの?」

  カラム
「まだやったことはない。でも、生き物だって所詮物質の集まりだからね。これが最近完成した制御盤だ。簡単に過去の時間と空間を指定できるようになっているんだ」

  マシル
「・・・・」



     * * * * * * * * * *


     * * * * * * * * * *


○周囲が無数の巨大な岩に囲われ、舞台のように広く平らな岩の上にマシルは意識を失って倒れている。


     * * * * * * * * * *


○顔に擦り傷が残るマシルが寝ている。

     * * * * * * * * * *


○マシルは永遠に別れたライヤの夢を見ている。

○マシルは図書館で偶然のように出会い、そして何かを訴えるように自分を見つめるライヤにどうしても話しかけられないでいる。


     * * * * * * * * * *


○マシルは何者からの呼び声に目覚める。


  若い僧侶(円光)
「お目覚めかな」

  マシル
「は、はい」

  若い僧侶(円光)
「丸二日も寝ていじゃったからのう」

  マシル
「ここは?」

  若い僧侶(円光)
「僧房じゃ、寺の」

  マシル
「寺?」

  若い僧侶(円光)
「中尊寺の」

  マシル
「・・・・・」

  若い僧侶(円光)
「何かを食べたほうがよい、いま粥を用意するでな」

  マシル
「・・・・・」



    * * * * * * * *


○僧房の外は木々の緑に降り注ぐ五月の光でまぶしい。

○マシルは板の間に腰を下ろし放心したように外を見ている。そしてそっと目を閉じる。

○マシルは苦悶の表情でナゼいま自分がここにいるかを思い出そうとしている。



    * * * * * * * *


○マシルはカラムがいないときに、そのタイムマシンの制御盤の時間を西暦2188年、場所をその時の首都トキヨに合わせる。


    * * * * * * * *


○西暦2188年とは 古代ヤホン国がそのころの二大強国の核戦争の巻き添えを食って突如としてこの地球上から消えた年である。



    * * * * * * * *


 ○だがマシルはタイムマシンは正常に作動しなかったことに気づいた。時間は千年もずれているだけでなく、場所も数百キロも北方であったからだ。

○そして古代ヤホン国の歴史や言葉を勉強していたマシルはここがどこであるかをなんとなく理解した。

    * * * * * * * *


○若い僧侶が狸の毛皮を腰にまいた男を連れて入ってきた。

  若い僧侶(光円)
「この方はモダジさん、倒れているあなたを発見してここにつれ来たのじゃ。衣川の大きな岩の上で倒れていたそうじゃ」

○マシルは少し驚いたような表情で会釈する。

  モダジ
「おう、元気になったみたいでえがったな。オラはまだ行くところがあるんで、これでまんづ」

○モダジは野性的な笑みを浮かべて出て行く。

  若い僧侶(光円)
「モダジは山に住んでいて、珍しいものを里に運んでくるんですよ」

○そのとき美しい若い娘が入ってきた。

○裸同然だったマシルの着物を持ってきたのだった。

○娘は出て行くときマシルに目をやると恥ずかしそうに笑みを浮かべる。

  若い僧侶(光円)
「ヤヨといってな、モダジの妹、いま義経様の館で下働きをしている」

  マシル
「・・・・」

  若い僧(光円)
「名前はなんと申すのじゃ」

  マシル
「・・・マシル・・・」

  若い僧侶(光円)
「どこから来たのかな?」

  マシル
「遠い遠い・・・大陸から・・・遠い遠い未来から・・・時間を旅して・・・」

  若い僧侶(光円)
「・・・・」

  マシル
「・・・・時の旅人というか・・・・」

  若い僧侶(光円)
「・・・・旅人、そうだなとりあえず若い旅の僧侶ということにしよう。どうみても武士ではなさそうじゃから、そのほうが無難なので。なにせ時期が時期だからな、でもまあ、いずれにせよ、そのうちに住持様からお声がかかるじゃろうから」

  マシル
「たしかおととし西行法師がここを訪れていますよね」

  光円
「よくご存知で」

  (そう言って光円はマシルのことをまじまじと見つめる)


     * * * * * * * * * 


○マシル(マサ)は逗留する僧房を出て隣の僧院を目指して、初夏の日差しが降り注ぐ森の小路を歩いている。

○しばらくすると、その人気ない小さな森の奥から激しく罵る男の声が聞こえてきた。

○マシルはその様子を木陰から見ている。

○武士の衣装に身を包んだ若い男とヤヨが向かい合ってたっている。

  若い武士
「どうしても俺の贈り物を受け取れぬというのか」

  ヤヨ
「・・・・・お許しくださいませ」

  若い武士
「生意気な」

  ヤヨ
「・・・・・どうかお許しくださいませ」

○そう言いながらヤヨは土下座する。

  若い武士
「下賎め」

○そう言いながら若い武士はヤヨを馬の鞭で打ち付ける。

○しばらく沈黙のときが流れる。

○そのとき若い武士の従者が声をかける。

  若い武士
「友平様、寄り合いの時が迫ってきております」

○若い武士は憤りと情けなさからか今にも泣きそうな表情で従者の元に歩み寄ると。馬に乗りその場から立ち去る。


     * * * * * * * * * * *


○泰衡邸に国衡らの兄弟たちが集まっている。

○泰衡の兄弟たちは順番に朝廷からの宣旨書に目を通している。

○忠衡はそれに碌に目をやろうともせず次の通衡に手渡すと前方をじっと見据えたまま憮然としている。

○そこへ泰衡がやってきて上座に座る。

  泰衡
「いい日和だ、このまま曲水の宴まで続いてくればいいなあ。どうだ、みんなは今年の桜を堪能したかな、見事なものだったからなあ」

○五人は少しも表情を崩さず何も答えない。

○それを見て泰衡は戸惑いを見せる。

  泰衡
「どうしたみんな渋い顔して」

  国衡
「今日は重要な評議があると伺ってみんな参ったのですが」

  泰衡
「あっ、そうだ、それを見てどう思う。予が義経殿と共謀して朝廷に歯向かうはずなど無いのにな、、、、本当にどうすればいいんだろう」

  忠衡
「ふう、何を言っておられる。誰も朝廷には歯向かおうとは思っておりませぬ。朝廷は敵ではないのです。本当の敵は鎌倉なのです。亡き父上もそのことを判っておりました。だからあのように遺言をなされたのです。まさか泰衡殿はそれを忘れたのではないでしょうね」

  泰衡
「忘れるわけないじゃい、だからこれからどうしたらいいのだろうか相談して決めようということで、みんなを呼んだのではないか」

 忠衡
「相談には及びません、それはもう決まっていることではないでしょうか、父上の遺言どおりなさればいいのです」

  泰衡
「ふむ、そう簡単に言われてもな、国衡殿はどう思うかな?」

  国衡
「忠衡の言うとおりだと思います」
  泰衡
「ふむ、それじゃ、予のやりたいようにやってもいいのじゃな、あとで、『兄上が勝手にやったことだからオレらは協力できない』なんて言う事がないようにな。ほかの者はどうなんだ?」

  高衡
「・・・・・」

  通衡
「・・・・・」

  頼衡
「・・・・・」
 


   * * * * * * * * 


○さまざまな人々が行き交う平泉の町の大通りを、マシルと光円とヤヨの三人が並んで歩いている。

○三人は堂塔や木立に囲まれた路を通りながら中尊寺や金色堂そして毛越寺を参詣する。

○そして再び人々で賑わう大通りを歩いている。

○すると前方のほうから「義経様だ、判官様だ」
という声が聞こえてきた。

○マシルたちは他の者と同じように路の端に並んだ。

○三人の目の前を従者を四五人従え馬に乗った義経が通り過ぎて行く。

○マシルたちをそれを見送る。

○それから少し離れて、先の従者たちとははっきりといでたちの違う者が四五名後を追うようについて行く。



    * * * * * * * * *


○マシルと僧房の若い僧侶とヤヨは、毛越寺の庭園で催されている曲水の宴を見ている。


  * * * * * * * * *


○タイムマシンか作動始める。
○時間の表示は西暦2188年ではなく西暦1188年となっている。

○寝台に横たわるマシルは不安のあまり目を閉じる。


  * * * * * * * * *


○おびただしい数の核爆弾が、太平洋に西の端の島々の上空や地上で爆発している。


   * * * * * * * * *


○高台から眼下に広がる平泉の街の風景が広がる。

○蛇行して流れる優麗な北上川。

○果てしなく広がる緑の水田。
○風に揺れる木々の間から見える壮麗な寺院。
○賑わう大通りを行きかうさまざまな人々の群れ。


  * * * * * * * * *


○マシルは荘園の集落に住むモダジの父親をたずねる。

○上空には二羽のカラスがトンビをからかうように跳びまわっている。

○集団で野良仕事をしていたモダジの父親は怒りの表情ではマシルを睨み続けている。

  モダジの父親
「宗助に何のようだ」

  マシル
「助けてもらったお礼を言いたくて、それで」

  モダジの父親
「あいつは息子でもなんでもなえ。勝手なことをしくさって」

  マシル
「いまは、どこに?」

  モダジの父親
「あっ、どこにいるかわがんねえ」

  マシル
「・・・・」

○モダジの父親はもくもくと野良仕事を続ける。



  * * * * * * * * *


○マシルは他の農夫と話している。

○その農夫は遠くの山を指差している。

○マシルはその山をじっと見つめる。



  * * * * * * * * *


○マシルは山道を歩いている。

○鳥たちの鳴き声が甲高く響き渡っている。

○木の枝と萱で作った小さな家が見えてくる。

○家の前で三人の小さな子供が遊んでいる。



  * * * * * * * * *


○マシルはその子供たちに話しかける。

○すると年長の子供が急にどこかに向かって走り出す。

○マシルと他の子供がその後を追う。


  * * * * * * * * *


○渓流でモダジが魚を取っている。

○年長の子供が叫ぶ。

  年長の子供
「おっど!」

  モダジ
「・・・・」

  年長の子供
「おっど!」

  モダジ
「なに! あっ! これはどうも、よくぎだな」

○マシルはモダジに会釈する。


  * * * * * * * * *


○川から上がってきたモダジに子供が話しかける。

  子供
「おっかあが、サルナシ食いたいって」

  モダジ
「まだ早いべえよ、あれ食いたい、これ食いたいって、ほんとにわがままだな、おなごって」

○そういって笑顔でマシルを見るモダジに、マシルも笑顔で応える。 


  * * * * * * * * *

○モダジの家まで子供たちは珍しいものに触れるかのようにマシルに近づいたり離れたりして歩いている。


   * * * * * * * * *


○モダジの家に着くに子供たちは駆け込むようにしてなかに入る。


    * * * * * * * * *


○子供たちに手を引かれるようにして粗末な着物をまとったお腹の大きいモダジの妻が出てくる。

  モダジの妻
「なに、なんだよ」

  マシル
「こんにちは」

  モダジの妻
「えっ、あっ、やだ、おら、おしょすって、だれだんべえ、やだあやだあ」

   (そういってモダジの妻は家のなかに戻っていく)
  マシル
「・・・・・」

  モダジ
「こういうわけだ」

  マシル
「・・・・・」

    (マシルはモダジの妻が若い娘のように美しく、
     そして盲目であることが判る)


  モダジ
「これから、御館さまに魚を持っていく、いっしょにいぐべ」



      * * * * * * * * *


○山道を抜けるまでモダジとマシルにまとわりつくようについてきた子供たちが家に帰っていく。


   * * * * * * * * *


○モダジとマシルは大きな川の流れを目の前にしてその土手に腰を下ろしている。目の前を帆掛け舟の列が通り過ぎる。


  モダジ
「お前、何しにオレのとこに来た。何か探っているのか?」
  マシル
「・・・・うん、いや違う、助けてもらったお礼を言いたかっただけだ」

  モダジ
「・・・・でも、お前は何かが違う。この前倒れているのを見つけたとき、お前は見たことも無いような着物を着ていた。旅の坊主でもなければ武士でもなさそうだ。オレには勘で判るんだ。お前はいったい何を隠しているんだ。正直に言ってくれ」

  マシル
「・・・・トキのタビビト、時間を旅しているんだ、過去に戻ったりして、、、、、」

  モダジ
「・・・・それは未来から来てるってことか? まあ、いいさ、それはそれとして、それより、お前のことを鎌倉のサグリではないかと疑っているものがいるぞ」

  マシル
「笑ってしまうよ、でも無理も無いか、時が時だけに、、、、」

  モダジ
「オレもそう思う、お前はみんなとぜんぜん違う、雰囲気が違う、やっぱりお前は?」

 マシル
「・・・・・」

  モダジ
「いったいこれからどうなるんだろう、、、、どこに行っもみんな暗い顔ばかりして、ずっとこんなことはなかたのさ、まさかお前、これからこの陸奥の国がどうなるのか知っているのか?」

  マシル
「・・・・・」

  モダジ
「・・・・・みんなおっかねえ顔している、まるで戦が始まるみたいだ。オレには関係なえけどさ・・・・」

  マシル
「でも、まさか、平泉がこんなに華やかだとは思わなかった」

  モダジ
「お前見たのか、あのでっかい建物を、あのキラキラを、でもオレには判らない、あんなのが何の役に立つのか」

  マシル
「・・・・どうして両親のそばで暮らさないの?」

「だめ、だめなんだよ。あそこじゃユイとは暮らせないんだよ。どんなにがっばったって、どんなにかせいだって、変わらないのよ、そんなんじゃユイとは暮らせないんだよ。オレには判らない、どうしてきれいな着物を着た人たちに頭を下げなければならないのか、それだけじゃない、秋には大事な米も取り上げられるんだよ。まだあるよ、近頃は戦の準備もさせられているっていうじゃねえか。なんで関係のない人を殺さなくっちゃならないんだよ。訳が判らない、オレはそんなのはいやだ。オレは人から指図されたくない、オレはオレのやりたいように生きたいんだよ。オレには何があっても生きて行く自信がある。オレはなにがあっても、ユイや子供たちを守る、絶対に絶対に生き延びてやるさ」

  マシル
「・・・・・」



    * * * * * * * * *


○泰衡邸

○泰衡のと子供たちが下女を交えて遊んでいるところに泰衡が興奮気味に入って来ると、乱暴に桧扇を投げ捨て、他の者に背を向けて腰を下ろす。


     * * * * * * * * *


○妻だけが居る座敷に腰を下ろしている泰衡はじっと庭園に眼をやっている。


    * * * * * * * * *


○泰衡の目には当惑の色がはっきりと見えている。

○泰衡は背後の妻に話しかけるように言う。

  泰衡
「みんな勝手なことばかり言いよって、オレだって考えておるわ。たとえ先代の遺言であったとしても、三代にわたって築き上げてきたこの黄金楽土を戦乱の血にまみれさせてもいいというのか。あぁ、わからない、どうすればいいのだ。また来たよ、頼朝め、義経を捕らえよというのだ。それにしてもあのババア、何でこのオレをあうまでに能無し扱いするのかのか判らない。オレだっていざとなったら、決断するさ。ところでさ、あの高館の奥方とは、これからはもうあまり行き来をしないほうがよいぞ」

  泰衡の妻
「・・・・・・・・」



    * * * * * * * * *

○黄金の水田に無数のイナゴが飛び交い、カマキリが垂れた穂をつたう。

○マシルはヤヨといっしょに稲刈りを手伝う。

○二人は手を休めて話し込んでいる。

 ○それを見ていた他の農夫が怒鳴るように叫ぶ。

  農夫
「こら、そんなことやってると日が暮れちまうぞ」


○二人は話をやめて仕事に取り掛かる。

○その農夫は満面の笑みを浮かべる。

  農夫
「これであいつらは決まったな」


○他の者も仕事をやめて二人を見ている。


     * * * * * * * * *


○マシルとヤヨが周りが枯れ尾花で囲まれた河原に立っている。

○スズメの群れが気まぐれのように移動して行く。

○そこへ従者を伴った義経が馬に乗ってやってくる。

○義経は自分の騎乗ぶり見せ付けるかのように二人の前を何度も速足で通り過ぎる。

○やがて馬を降りて二人の前にやってくる。

○二人は方ひざをつき頭を垂れている。

  義経
「待ったかな、二人で話したい、歩こう」

○義経より少し遅れてマシルが歩いている。

    義経
「不思議な男がいるという噂を聞いてな、未来を見通せるとか、未来から来たとかいう、それじゃ聞くがな、奥州平泉はこれからどうなるのじゃ?」

  マシル
「・・・・・」

  義経
「それはそうじゃな、判るわけないよな、人の噂ほどあてにならぬものはないよ。人の心もな。でも御主のことはだいたい判った、正直者だと。もし御主がさっきの問いで何かありきたりのことを言ったら直ちに切り捨てようと思っていたよ」

  マシル
「・・・・・」

○そのとき強い風吹いてススキの野が大きく割れた。するとその間から、二人から距離を置いて潜んでいる複数の武士の姿が見えた。

○遠くを見つめながら義経がつぶやくように言う。

  義経
「判っているさ、何もかもお見通しだよ・・・・」


○二人はいま来た路をひき返す。

○義経は突然立ち止まりマシルをじっと見る。

  義経
「お前、オレを見ろ、オレの目をじっと見ろ」


  ○二人は見つめあう。

  義経
「やはりお前は違う、旅の僧でも京の者でもない、ましてや伊豆の兄じゃの手のものでもない、どこかが違う、オレには判るんだ。もしや未来から来たというのは本当なのか? さっきオレの問いに答えなかったのは、これからこの平泉に起こることを隠したかったためなのか?」

  マシル
「・・・・・」

  義経
「もう、いいよ答えんでも、大体察しはつく」

○義経は苦しそうな表情でマシルから目を離し遠くを見つめる。

  義経
「判っているよ。ここ奥州ではオレはよそ者であるということはな。オレのせいで戦禍をこうむるかもしれないということもな。でもオレはもうどこへも逃れることはできないんだ。オレはいままで幾多の戦を交えてきて、すべて勝利を収めてきた、いまさら逃げることはできない、もう最後まで戦うしかないのだ。どうだ、そんなオレの生き方間違っていると思うか」

  マシル
「・・・・・」

  義経
「武士として生きてきたオレに他に生き方があると思うか、なんとかいって見ろ」

  マシル
「・・・・決して逃げろとは言ってないのですが、妻子をいつくしみながら平穏に生きるのも決して恥じることのない立派な生き方だと思います」
 
  義経
「オレに鍬や鋤を持って民のように生きろというのか、あの義経が戦を恐れて逃げたと、きっと後世の笑いものになるだろうな。いまさら無理な道理じゃよ。オレは武士じゃ、武士の本懐は宿敵を倒し戦に勝って天下を我が物とすることではないのか? 」

  マシル
「でも私には、義経様のそのような強気の物言いに比べて、胸の奥底では大変迷っているようにも見受けられますが 」

  義経
「迷ってはおらぬ。泰衡の真意がわからないのだよ。密かに戦の準備を進めているというが、はたしてそれは鎌倉との戦いに供えての準備なのかどうか」

○スズメの群れが二人の行く手をさえぎるかのように飛んでいる。


     * * * * * * * * *


○秋の青空のもとマシルとヤヨは土手に横たわっている。

○マシルは仰向きになって空をじっと見ている。

○横向きになったヤヨがマシルをじっと見つめている。

  ヤヨ
「ねえ、わたしってわがまま?」

  マシル
「女の人は少しぐらいわがままのほうがいいのさ」

  ヤヨ
「ねえ、わたしのことすき?」

  マシル
「好きだよ」

  ヤヨ
「ねえ、これからどこに行くの?」

  マシル
「・・・・もうどこにもいかない、ずっとヤヨのところにいる」


     * * * * * * * * *


○秀衡の法要が厳かではあるか壮麗にとり行われる。

○円光とマシルは雑用に駆りだされる。

○二人は紅葉の美しい帰り道を歩いている。

○後方から参列した武士たちが馬にのってやってくる。

○二人は傍らにそれてその行列をやり過ごそうとする。

○しばらくする列を離れたとある武士が突然二人に近づいてきた。

○そして刀を抜いてそれをマシルの首筋に当てた。

  若い武士(友平)
「お前は鎌倉の回し者だろう。正直に言わぬと切り捨てるぞ」

  円光
「あっ、友平様、なにかの間違いでございます。この方は旅人ございます。けっして、、、、」
 
  友平
「たぶらかされるな、こいつはあっちこっちに出向いていろいろと嗅ぎあさっているではないか、吐け、犬め」

 ○そのとき馬に乗ったまま国衡が話しかける。
  国衡
「どうした、友平、今日という日に、無作法な」

  友平
「あっ、国衡様、こいつは頼朝の犬です。いろんなことを嗅ぎあさっております。切って棄てましょうか」

○そのとき馬に乗った義経が速足でやってきた。
  義経
「いきまくでない、友平、その御仁は旅人じゃ、決して怪しいものじゃない。安心せい」

○友平はやや不満そうに刀を納める。


     * * * * * * * * *


○マシルの居る僧房の外には雪が舞い散っている。
○そこに円光が駆け込んでくる。

  円光
「大変なことになった、泰衡様がご自分の祖母を殺害されたということだ、決して起きてはならないことが、、、、」

  マシル
「・・・・・」

  円光
「どうした驚かぬのか?」

  マシル
「いや、これもみんな、、、、むしろますます確信したというか、、、、」

  円光
「ふむ、やはり、おぬしは、、、、あの話は真実ということなのか? それで次はいったいなにが起こるということなのか」

  マシル
「・・・・」

  円光
「言ってくれ、頼むから」

  マシル
「それは言えない」

  円光
「どうしてじゃ?」

  マシル
「それも言えない、、、とにかく今は何も言えない」





      後編に続く




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