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   妖幻のマヤ(前編)
           シナリオ風幻想恋愛物語



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          小山次郎






     *  *  *  *  *  *  *  *  



○マヤ遺跡の周辺の密林で、二人の初老の日本人女性が道に迷ったらしく呆然と立ちすくんでいる。

-摩耶-
「ねえ、私たち道に迷ったみたい」

-美佳-
「だめ、もうへとへとで歩けない」

-摩耶-
「私たちここでジャガーにでも食われて死ぬのかしら」

-美佳-
「いやよ、こんなところで死ぬなんて」

-摩耶-
「何?今の音は?」

-美佳-
「えっ、いやん!」

 (二人は肩を寄せ合いその場にうずくまる)

-摩耶-
「ねえ、死んだ振りをしよう」

-美佳-
「死んだ振り死んだ振り」

 (ブッシュから出てきた男がうずくまる二人の女性に声をかける)

-男-
「What are you doing here?」

-摩耶-
「きゃあ、命だけは助けて」

-美佳-
「命だけは、命だけは」

-男-
「何を言ってるんですか!」

 (二人の女性は驚いたように顔を上げて藪から出てきた男を見る)

-摩耶-
「えっ、日本人、よかった」

-美佳-
「ほんとに、山賊かと思った」

-男(日本人名前は本荘巧)-
「こんなところで何をしているんですか?」

-摩耶-
「道に迷ったみたいなんですよ」

-美佳-
「だから私違うっていったでしょう」

-摩耶-
「そんなこと言ったって、人間の声が聞こえたんだから」

-美佳-
「どこまで行ったって誰もいなかったじゃない、もうだいぶ歩いたわよ」

-摩耶-
「でも、たしかに聞こえたのよ?」

-美佳-
「・・・・・」

-男(本荘)-
「それはほんとかも知れないね、こういうところでは、気象条件によって、遠くまできこえることがあるからね、じつはもう少し行くと、マヤの人たちが住む村があるんだ、ちょうど今そこで写真を撮って帰ってきたところなんだ」

-摩耶-
「でしょう」

-美佳-
「・・・・・」

-男(本荘)-
「これから帰るんですか? もう道に迷わないように私が案内しましょう」

     *  *  *  *  *  *  *  * 

○本荘が摩耶と美佳を町のホテルまで自分の運転する車で送っている。

 (後部座席に摩耶と美佳が並んで座っている)
 (摩耶が本荘に話しかける)

-摩耶-
「本荘さん本当にありがとうございます。ジャガーにでも襲われると思うと本当に怖くて、怖くて、生きた心地がしませんでした」

-美佳-
「何もそんなに怖がらなくてもよかったのですよ。私がちゃんと、お嬢様を守ってあげましたからね。私が食われている間にお嬢様は逃げればいいのですからね」

-摩耶-
「ありがとう、いつもいつも何から何まで」

-美佳-
「その言い方近頃なんとなく棘を感じる」

-摩耶-
「そんなことないわよ、心から感謝しているわよ」

-美佳-
「なんか違う、昔のお嬢様はそんなんでなかった。こう言えばあう言うって感じ、とても悲しい」

-摩耶-
「仕方ないじゃない、女も年をとればみんな鬼婆になるのよ」

-美佳-
「でも私は鬼婆になってもいいけど、お嬢様にはなってほしくない。あんな清楚なお嬢様が鬼婆になるなんてどうしても考えられない」

-摩耶-
「色んなことがあったから」

-美佳-
「でもお嬢様には何の悪いところがありませんでした。みんなまわりが、まわりのせいで、、、、」

-摩耶-
「美佳さん、今まで私を支えてくれて本当にありがとう、心から感謝しているわ」

  (美佳が突然涙ぐみ両手で顔を覆う)

-摩耶-
「何も泣くほどでも。本荘さんはあそこで何をしていたんですか?」

-本荘-
「遺跡や、マヤの人たちの写真を取ったり、それにスケッチもね。写真だけだと自分の感動って言うか思いというものをうまく表現できないんだよ、スケッチだとそれが出来るんですよ」



-摩耶-
「ええ、撮ったり描いたりしたものは発表したりするんですか?」

-本荘-
「ええ、ときおりね」

-美佳-
「他にも行っているところあるんですか」

-本荘-
「ええ、遺跡があってそこに住む人々がいればどこにでも行きますね」

-摩耶-
「ジャガーとか獣に襲われたことはあるんですか?」

-本荘-
「ないですよ。あういう獣というものは基本的に人間を襲いませんから、彼らのほうから人間と遭遇することを避けるようにしていますから。ですからお二人ともそんなに怖がることはなかったですよ」

-摩耶-
「そうよね」

-美佳-
「ところで清楚なお嬢様ってどう思いますか?」

-本荘-
「ええ、いきなり」

-美佳-
「男性のほとんどが好きだっていうじゃないですか」

-本荘-
「まあね・・・・・」

-美佳-
「この人、摩耶さんはは昔そうだったのよ」

-本荘-
「七十年代に絶滅したって聞いてますが」

-摩耶-
「やめましょう、そんなはなし、清楚なんて何の価値もないわ」

     *  *  *  *  *  *  *  * 

○三人を乗せた車は走り続けている。摩耶は窓から外の景色にぼんやりと眼をやっている。そして何気なく眼を閉じる。摩耶は密林で迷うきっかけとなった人は声は、たんなるマヤの村人などの声ではなく、何か逼迫した助けを求めるような声、それも若い女性の声のようだったとずっと思い続けている。摩耶はゆっくりと眼を開ける。

-美佳-
「ねえ、このまま日本に帰る?」

-摩耶-
「そうね」

-美佳-
「なんか不安、何かとんでもないことが起こりそうな気がして」

-摩耶-
「魔術師のピラミッド、聖なるセノーテ、見たかった」

-美佳-
「こんなことならウシュマルやチチェン・イツァは最後でなく最初にしとけばよかったね」

-本荘-
「せっかく来たんだからウシュマルやチチェン・イツァには行ったほうがいいですよ」

-美佳-
「そうなんだけど」

-本荘-
「安心してください、私がガイドになって二人を案内しますよ」

-摩耶-
「えっ、そうなのそれは助かるわ、でもお仕事はいいんですか?」

-本荘-
「ええ、もうほとんど終わったみたいなもんですから」

-美佳-
「ホテルはどこですか」

-本荘-
「ホテルには泊まりません、車です。経費がかさみますから」

-美佳-
「ところで日本では何処に住んでいるんですか」

-本荘-
「東京です」

-摩耶-
「東京の何処?」

-本荘-
「北区です」

-美佳-
「そう、私たち世田谷」

    *  *  *  *  *  *  *  *   

○ホテルの前に車が止まり摩耶と美佳が降りる。そして車は何処えともなく走り去っていく。摩耶と美佳は元気そうな足取りでホテルへと入っていく。

     *  *  *  *  *  *  *  * 

○翌朝本荘は摩耶と美佳のいるホテルに入っていく。ラウンジにいる美佳を見つけ近づいていく。

-美佳-
「弱りました。摩耶さん今朝になって急に行きたくないって言い出すんですから」

-本荘-
「体調でも悪いんですか?」

-美佳-
「そうでもないみたいです。でも些細なことで約束を破るような人ではないんですがね」

    (そこへ突然のようにマヤが現れ二人に話しかける)

-摩耶-
「何しているの? さあ行きましょう」

-美佳-
「まったく、どうなっているの?」

     *  *  *  *  *  *  *  *  

○ウシュマルの遺跡で本荘は摩耶と美佳を案内する。ときおり遺跡である"魔術師のピラミッド"や"尼僧院"を背景にして二人の写真を撮りながら。帰り道三人は民芸品店に立ち寄る。摩耶はミサンガやネックレスそして髪飾りを買い求める。やがて摩耶は二人から離れて店の奥の薄暗いところにあるショウケースをじっと見ている。そこには小さな木の箱が並べなれている。そのラベルには"rejuvenation""secret medicine"と書かれている。

     *  *  *  *  *  *  *  * 

○帰りの車で美佳が本荘に話しかける。

-美佳-
「古代のマヤの人たちは幸せだったのですか?」

-本荘-
「幸せだったと思います。現代のマヤの人たちは物にあふれた日本人のように豊かではないですけどみんな朗らかで幸せそうにしていますよ。だから昔も変わらなかったと思います」

-摩耶-
「戦争はありましたよね」

-本荘-
「ええ、でも現代のような庶民を巻き込んだ国ぐるみの戦いではなかったようです。もっと小規模で王族同士の喧嘩みたいなものだったようです。それにそんな暴力沙汰に関わりたくないものは逃げればいいだけのことですからね。逃げて他の場所でも生きていくことは出来ましたからね」

-美佳-
「あの生贄の話は本当なのですか?生きたまま胸を切り裂いて心臓を取り出すとか、少女を池に投げ込むとか」

-本荘-
「本当だった見たいです。現代の私たちからすると考えられないのですけどね。当時としては必要に迫られたものなんでしょうね」

-摩耶-
「『私はまだ死にたくない』って拒否は出来なかったんでしょうか?」

-本荘-
「むしろそれに選ばれることは栄誉ことだったようです。死後は真っ先に天国に行ってそこには今よりも楽しく豊かな生活が待っていて、しかも永遠の命が約束されていたようです。現世とはあくまでも仮の生活だったみたいです」

  (遠くを見つめるようにしていた摩耶はゆっくりと眼を閉じる。
  そして摩耶はある幻影を見る)

○マヤの少女キチュが友達と楽しそうに話している。キチュが同じ年頃の男の子に恥ずかしそうな笑顔で話しかける。その様子を物陰からキチュの母が険しい表情で見ている。

○キチュの母がキチュに話しかける。

-キチュの母-
「今日からは友達と会ってはいけません。あなたにはもうそのような余裕はありませんから」

-キチュ-
「でも、テムがおなかの具合が悪いって薬が必要なんだって」

-キチュの母-
「いいから、それは誰かにやらせるから」

-キチュ-
「それに、ムアテにクルスの花びらが五つだって教えてあげなくてはいけないから」

-キチュの母-
「それもいいから、他の誰かにやらせるから、いいあなたは特別な人なのよ.今日からあなたは何もやらなくていいから、みんな私たちに任せるのよ」

-キチュ-
[・・・・・]

  (怪訝そうな顔をするキチュを見ながら
      笑顔のキチュ母が話しかける)

-キチュの母-
「よく聞いて、あなたは選ばれた人なのよ。これはとても栄誉なことなのよ。他の誰よりも先に本当の幸せをつかむことが出来るのですよ」

-キチュ-
「・・・・・」

-キチュの母-
「あなたは私たちみんなの希望なのよ。さあ、胸を張って、王家の血を引く娘らしく勇気の光を瞳に輝かせて」

-キチュ-
「・・・・・」

  (笑顔でうなづくキチュを抱きしめる母だが
   表情は悲しそうである)

  (キチュの母が部屋を出て行く。
  そして二人の様子を見ていた他の子供たちを
  怒鳴りつける声が鳴り響く)

     *  *  *  *  *  *  *  * 

○翌日の最終日本荘は二人をチチェン・イツァの遺跡を案内する。昨日と同じようにときおり遺跡を背景に二人の写真を撮りながら。

     *  *  *  *  *  *  *  * 

○いつのまにか本荘は二人の女性たちと離れ離れになっていた。そこへあわてた様子で美佳が走りよって来る。

-美佳-
「大変、摩耶さんが見当たらないのよ、はぐれたみたいなんです。密林にでも迷い込んだら今度こそ本当に、、、、、」

-本荘-
「大丈夫、この辺はよく知っているから私に任せて、美佳さんはここで待っていて」

   ○本荘は摩耶を探し始める。やがて聖なるセノーテが眼下に望める場所で摩耶を発見する。

    (本荘はゆっくりとマヤに近づく)

-本荘-
「ここにいたんですか、心配しましたよ」

  (本荘に声に振り向くが摩耶の表情はなぜかにこやかである)

-摩耶-
「私のこと心配してくれるなんてほんとにうれしいわ。なんせ久しぶりですからね」

-本荘-
「美佳さんが心配しているからそろそろ帰りしょうか」

-摩耶-
「でも、もう少し見ていたいわ。私ね若いときこういうところに身を投げてしまいたいと思ってことがあるのよ」

-本荘-
「・・・・・」

  (そのとき美佳が二人の下へ息を切らしてやってくる)

-美佳-
「ああ、よかった、今度こそどうなるかも思った」

  (突然現れた美佳を見て摩耶から笑顔が消える)

-摩耶-
「何よ、大袈裟ね」

     *  *  *  *  *  *  *  * 

○最後の夜本荘は二人から夕食の招待を受ける。本荘と摩耶と美佳の三人がカンクンのホテルのレストランで食事をしている。

-美佳-
「マヤ王国ってスペイン人に滅ぼされたから、マヤの人たちっていなくなったのかと思っていたら、今も私たちと同じように普通に生きているのね」

-摩耶-
「そうよね、血生臭い生贄の話なんか聞くから、私たちとぜんぜん違う怖い人たちかと思っていたらそうでもないのよね。言葉が判らなくてもなんとなく通じたよね。むしろそのせいか深いところで心がつながっているような気がしたよね。私たちと何にも変わっていない人たちなんだってわかった」

-美佳-
「だって、マヤ人って私たちと先祖が同じだっていうからね」

-本荘-
「私は世界のあっちこっちの少数民族といわれている人たちと接しているけど、普通に生活している人たち庶民は私たちと何にも変わらない、びっくりするくらいみんな同じなんだよ、ほんとに心の奥底でつながっているような親近感があるんだよ。先祖が近い遠いなんて関係ないくらいにね。でも最初の頃は警戒してたよね。なかなか入り込めなかった。だって、見かけも風俗も習慣も違うからね。でもなれてくるとそのうちに、私たちと何にも変わっていないんだと判ってきたんだけどね」

-摩耶-
「人間って何処に行ったって変わらないのよ」

-美佳-
「そうよ、この年になるとほんとにわかるわ、庶民って何処でも変わらないのよ」

-本荘-
「私はずっと思っているんだけど、国家とか王国とかの違いはその集団の持っている法律とか規則とか掟とか約束事の違いだけのような気がするんだよ。それらはその集団を守り維持するために考え出されはものなんだけど、本来私たち庶民にとってはあってもなくてもいいものなんだよね。だからたとえ国家や王国が滅びても私たち庶民は人間として本来の、世界の何処でも通用する人間性を生かして生きていくことが出来るんだよね。もしそこで新しい国家や王国が必要なら新たに法律や約束事を作って集団として生きていけばいいだけのことで、だからもしそこで、それまでの古い国家や王国が不必要なものになったら新しく法律や約束事を定めるか、それとも不要国家や王国をゴミくずのように棄て去ればいいのですよ。人間というのは本質的に自由でたくましいんですよ。そのおかげて私たち人間はこれまで普通の庶民として生きながらえてきたんです、ですからこれからも充分に生きていくことは出来ます。国家や王国を育んだ文明はいずれ滅びます。それは、この地球の長い歴史から見れば人間の体に出来る吹き出物のようなものなんですよ」

-摩耶-
「ふんふん、ええ、本荘さんは世界を周っているみたいですけど、とくによかったところは何処ですか?」

-本荘-
「何処もよかったです。アフリカ、南米、東南アジア、みんなよかったです。日本にも不思議な遺跡があるんですよ、岡山に」

  -美佳-
「へえ、そうなんですか」

-摩耶-
「撮った写真とか、書きとめたスケッチとかはどうするんですか?」

-本荘-
「ほとんどが出版社の依頼です」

  -美佳-
「それで生計を?」

-本荘-
「まあ、ギリギリですけどね。でも好きなものですから、将来は写真集とか写真展とかをやれたらなあと、まあ夢ですけどね」

-美佳-
「ところでご結婚は?」

   (それを聞いて摩耶がが美佳にチラッと眼をやる)

-本荘-
「いえ、まだ、というか自分には無理だと思っています」

-美佳-
「えっ、女性には興味がないとか?」

-摩耶-
「失礼よ」

-本荘-
「いえ、いいですよ。興味がないといえばないのかも、というか若い女性とは、何を話していいのか判らないのですよ。今の若い女性との共通の話題って何でしょうね。私が思うに、日本の女性は昔と変わってきているような気がしているんですよ。昔の映画などを見ていても判りますよね、だいぶ違うなあって思いますよね」

-美佳-
「私たちの頃とはだいぶ変わりましたね」

-摩耶-
「本当に変わったわ」

-本荘-
「でも、私が結婚できない最大の理由は収入が不安定で少ないからですかね。せっかく来てくれても、苦労をかけるでしょうから、誰も付いてこないでしょうね、だからもう諦めていますよ。まあ何かドラマチックなことが起こればわかりませんけどね。でも今のままでも充分満足しています。好きなことを自由にやっているんですからこれ以上の幸せはないですよ」

-摩耶-
「私だったら付いて行きますよ」

  (それを聞いて美佳が「ふっ」と小さく笑う。
   摩耶は美佳の方を見て言う)

-摩耶-
「何よ、今の私じゃないわよ、若いときの私だったらという話よ、まあ恥ずかしい」

  (その言葉に美佳は笑みを浮かべながら答える)

-美佳-
「本荘さんはどんな方が好きなんですか、もちろん若くてきれいな人?」

-本荘-
「うん、二十歳前後の頃は絶対的に惹かれましたけど、でも今は、、、、好かれようとして話しを合わせようとすることに、疲れるというか、面倒くさいというか、」

  -美佳-
「タイプは? 控えめな人? それとも現代風に男性より前に出る人?」

-本荘-
「うむ、むずかしいですね。というのも最近は、魅了されることと好きになることは違うことのような気がしてきています。見た目がよくなくてそれほど賢そうでもない女性が妙に好きになることもありますからね。それから好きになることと自分に合うことも別のことのようにも思うようになってきています。でもなんといっても、今は自分の好きなことを自由気ままにやっていたいということもあって、それほど女性に近づきたいと思うようなことはほとんどありませんね」

-美佳-
「清楚なお嬢様タイプなんてどうですか?」

-本荘-
「もしそういうお見合い話があったら男は誰でも飛びつくでしょうね。でもそれは御伽噺としてはいいけど、現実には、、、、」

-摩耶-
「でもそれなりの付き合いは今までにあったんでしょう、私から見て本荘さんはそんなに変な人とは思えないでからね、むしろ男性としては魅力的だと思えるんだけど、そうよね美佳さん」

-美佳-
「ええ、そうよね」

-本荘-
「ないですね、でもちょっとした出会いは今までに何度かありました。この女性となら自分の好きな仕事を犠牲にしてでも添い遂げたいと思うような出会いがね。でもそれはあくまでも出会いだけで、だからそれは突然の風のような出会いにすぎませんでした」

-美佳- 「ねえ、私たちのことどう思う?」

-本荘- 「どう思うって、、、、」

-摩耶-
「えっ、びっくり、何を言ってるのかしら、年令っていう者があるでしょうに」

-美佳-
「あら、いやだ、そうじゃなくって、じつは私たちよく年令より若く見られることがあるのよ、なぜだと思います、たぶん二人とも結婚したことがないからなのよ。七十だなんてどうみても見えないでしょう」

-本荘-
「はあい・・・・・」

-摩耶- 
「いいじゃないそんなこと、興味ないわよ、ねえ」

-美佳-
「まあ良く言えば所帯やつれをしてないって言うか、でも悪く言ったら若いときに情念の炎を燃やすような恋愛の経験がないってことですけどね」

-本荘-
「恋愛に年令が関係あるでしょうかね?」

-美佳-
「どうなんでしょうね、摩耶お嬢様?」

-摩耶-
「何を言ってるのよ、若い子は美しい物語にもなるけど年寄りが情念の炎を燃やしたら鬼婆になるのが落ちよ」

-美佳-
「今でこそズケズケと恋愛話をするけど、若いときはそんな話しをするときは顔を赤らめるほど初心だったのよ。とくに摩耶さんは、今でこそときおり私に毒を吐きますけど、若いときはほんとに大人しいって言うか、清楚で素直で、それで摩耶お嬢様を見た男の人はみんな好きになったくらいなんですから」

-摩耶-
「いやん、恥ずかしい」

-美佳-
「だから間違いなくお嬢様の美佳はバラ色だったわ。ところがあの勘違い男が現れおぞましい事件を起こしたのよ。そしてお嬢様の将来の夢をズタズタに引き裂いたのよ。世間からは魔性の女だなんて根も葉もない噂を立てられたりして、そのために何年も外を出歩くことが出来なくなって、どんなに辛い思いをしていたことか、お嬢様のことを何にも知らないくせに世間の人は、それもこれもみんなあの男のせいなのよ」

-摩耶-
「終わったこともういいわよ、私にも何か落ち度があったかもしれないんだから」

-美佳-
「いいえ、お嬢様には何の落ち度もありませんでした。すべてはあの悪魔みたいな男のせいなのです。勝手にお嬢様に恋をしたあの勘違い男が悪いのです」

-摩耶-
「もういい、美佳さんやめて、昔を思い出すと、ほんとに死んでしまいたいくらい悲しくなるから」

-美佳-
「・・・・・」

-摩耶-
「ごめんなさい、せっかくの楽しい晩餐を、、、、」

     *  *  *  *  *  *  *  * 

○東京にもどってきた本荘は、マヤの遺跡で撮った摩耶と美佳の写真を整理している。

     *  *  *  *  *  *  *  * 

○無精ひげもそりこぎれいな服装をした本荘が摩耶の住む屋敷に入っていく。

     *  *  *  *  *  *  *  * 

○摩耶が記念写真を見ながら本荘に話しかける。

-摩耶-
「へえ、こんなだったんだ、やっぱり写真は正直ね。もうこんなに老いているのね。私もう海外旅行はやめようかと思っているのよ。なんか精神的にも体力的にも付いていけないような気がして、今度何かあったらほんとに万事休すね」

-本荘-
「私から見たらまだまだ元気に見えますけどね」

-摩耶-
「体力的にはそうかもしれないけど、精神的にはちょっとね、ときおり幻のように変なものが見えたり聞こえたりするんですよ。マヤでの最終日も私を探してくれたみたいだけど,あの時もあの聖なるセノーテのほうから若い女の人の声が聞こえたような気がしたのよ。切迫した助ける求めるような声がね。それでついつい美佳さんとはなれてしまって」

-本荘-
「美佳さんって友達なんですか?」

-摩耶-
「ええ、今はね。でも昔はって言うか、私たちがお互いに若いときは、この家のお手伝いさんをやってくれていたのよ。私より二つ年下なんだけどね。それ以来ずっと私のように結婚もしないで私とこの家を支えてくれたのよ。美佳さんには本当に感謝しているわ。もし美佳さんがいなかったら当時の苦境も乗り越えることが出来なかったでしょうね。おそらく私は死んでいたかもしれない」

-本荘-
「それにしても立派っていうか凄い家ですね。ほかに住んでいる人は?」

-摩耶-
「私だけです」

-本荘-
「もったいないですね」

-摩耶-
「親からの相続です」

-本荘-
「歴史的建造物として文化遺産にもなってもいいくらいですよね」

-摩耶-
「周りからは魔女の住む家のようにしか思われてないようですが、見る人によってはそう見えるようですね。まあ、私の死んだ後は行政に任せます。敷地も屋敷も全部寄付するつもりですから」

-本荘-
「ぜひそうしたほうがいいと思いますよ。親戚やご兄弟は?」

-摩耶-
「遠い親戚はいますけど兄弟はいません」

-本荘-
「・・・・・」

-摩耶-
「いずれにせよ、このいえは私の代で終わりにしようと思っています。橋本家はこれで途絶えるんですけど、私はそれはそれでいいと思っています。あとの余生は魔女のようにひっそりとそれも寂しく暮らすつもりです」

-本荘-
「いいえ、まだまだ元気そうですから、海外旅行にでもバンバン行って人生を楽しんだほうがいいですよ」

-摩耶-
「じつですね、海外旅行をやめようかとおもっているのは肉体的精神的につらいからだけではなく、別の理由もあるんですよ。旅行に行ってそこで珍しい物を見たりおいしいものを食べたりするのは楽しいのは楽しいんでしょうが、最近となんとなく違うなって感じるようになってきたんですよ。はっきり言って幸せ感がないって言うか、そんな感じなんですよ。正直私の今の本当の願いというのは、自分が何かを楽しいことをしたいって言うよりも、何かで悩んでいる人を支えてあげたいとか、何かで困っている人を助けてあげたいということなんですよ。それに出来れば若いときのような気持ちになって生き直したい、人生をやり直してみたいという気持ちなんですよ」

-本荘-
「とても素敵なことだと思います」

-摩耶-
「賛成してくれてありがとう、おかげで元気が出ました」

  (そういいながら摩耶は少女のような笑顔を見せる)

     *  *  *  *  *  *  *  * 

○本荘が帰った後、記念写真を見ていた摩耶は突然のように眼を閉じ脳裏をかすめる幻影に身をゆだねる。

   (生贄の儀式のために、美しく化粧をして着飾った
    少女キチュは歩を進める。
    そしてふと歩みを止め周囲に誰かを捜し求める
    かのようにやや不安そうな目を向ける。
    キチュは険しい表情の母と目が合う。
    儀式を盛り上げるかのように
    音楽が響き舞が踊られる。
    キチュは勇気の光をたたえた瞳で
    太陽を見上げる)

  (摩耶は眠ったように身じろぎもせずじっと
   ソファアに背をもたせ掛けている)

     *  *  *  *  *  *  *  * 

○カンボジアに渡った本荘は夜摩耶に手紙を書いている。

     *  *  *  *  *  *  *  * 
○摩耶はソファアに座り本荘からの手紙を読んでいる。

  ・・・・・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・・・・・
  ご機嫌いかがですか? 今カンボジアにいます。
  これで三度目です。
  五年前のときは入国そうそうに母の訃報が届き、
  何も手に付かずそのまま取材を放棄して
  帰国せざるを得ませんでしたが、
  今回は長期滞在になると思います。
  ・・・・・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・・・・・
  今私はこの手紙を喜びに満ちた気持ちで書き
  続けています。
  なぜなのでしょうか自分にもよくわかりません。
  ・・・・・・・・・・・・・
  おそらく貴姉が私のやっていることを最初に
  認めてくれた人、
  その人に何かを報告しているということに、
  暗闇で希望の光を見出したときのような心からの
  安心感がそうさせているに違いありません。
  ・・・・・・・・・・・・・ 
  ・・・・・・・・・・・・・
  私は母とは対立していました。
  母は私の生き方をどうしても
  認めてくれませんでした。
  ・・・・・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・・・・・
  私は特別なものを望んではいません。
  立派な家に住みたいとは思いません。
  高い車に乗ろうとは思いません。
  綺麗な嫁さんをほしいとも思いません。
  私はただ自分のやりたいこと、自分の納得
  することやって、平穏に生きたかっただけなんです。
  でも母は私は快く受け入れてはくれませんでした。
  いつも小言ばかりで、ときには言い争いを
  したりしてとても苦しかったです。
  ・・・・・・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・・・・・・
  こんな話を聞いたことがあります。
  子供を失った母ザルと母を失った子ザルが自然と
  仲良くなって
  ほんとの母子のような関係になるということを。
  ・・・・・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・・・・・ 
  今私は充実しています。取材は順調に行っています
  ・・・・・・・・・・・・・
  詳しいことは帰国後に報告したいと思います。
  ・・・・・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・・・・・


     *  *  *  *  *  *  *  

○摩耶は美佳の運転する車に乗っている。車は都内を走っている。

-美佳-
「この辺始めてくるけど、たしか本荘さんが住んでいるところよね」

-摩耶-
「そうよね」

-美佳-
「よく見てて、ひょっとしたら本荘さんに出会えるかもしれないよ」

-摩耶-
「残念でした、本荘さんは今カンボジアに行っているのよ」

-美佳-
「えっ、知ってるの? ずるい!」

-摩耶-
「手紙が来たのよ」

-美佳-
「それで?」

-摩耶-
「ふふふ、面白いのよ、私が母ザルで本荘さんは子猿なんですって、それって、私ってお母さんみたいだってことよね」

-美佳-
「残念でした」

-摩耶-
「当然だけれどね」

-美佳-
「じゃあ私は叔母さんかしら」

     *  *  *  *  *  *  *  *

○カンボジアから帰ってきた本荘が摩耶を尋ねる。摩耶は広い庭で本荘を出迎える。

--摩耶--
「お帰りなさい」

--本荘-- 「ただいま帰りました」

--摩耶--
「どうでしたか」

--本荘--
「ええ、すごく順調にいきました」

    *  *  *  *  *  *  *  *  *

 (本荘と摩耶の二人はいまで話し合っている。居間にかざれられているミサンガやネックレスや髪飾りが摩耶がマヤの遺跡近くの民芸店で買ってきたものだと本荘はわかる)

--本荘--
「順調というか、とにかく充実していました」

--摩耶--
「それはよかったですね」

--本荘--
「なぜそうなのか、自分でも不思議なくらいでした」

--摩耶--
「でも無事に帰ってこられたのは何よりです」

--本荘--
「ありがとうございます。以前は、いい取材をしたなと思っていても、帰国するときは空しさを感じていました。ところがマヤの帰りあたりからはそれほど感じなってきて、それが今回はほとんど感じなくなりましたね。おそらく私が長いあいだ追い求めていたものがこれなんだと判ったような気がしたからだと思います。これでいいんだ、これなんだと思ったときは、今まで胸につかえていたものがなくなってほんとに晴れ晴れとした気持ちになりました。それはいつの時代でも何処でも私たち人間を支えている普遍的な価値を、私が無意識のうちに捜し求めていたことに気がついたということでしょうか。そして私は、私は今のままでいいんだ、このまま突き進んでいけばいいんだということを確信したのですよ。そのおかげでしょうか、もう人と会うのが楽しみになってきました。以前は仕事以外に人と合ったり話をするのが苦痛だったのですがね。どうしたんでしょうね。とても不思議ですよ」

--摩耶--
「マヤの人たちもそうでしたけど、カンボジアの人たちも素朴で純粋な人たちがほとんどなんでしょうね」

--本荘--
「そうです、そのせいなんでしょうか、そういう人たちに触れたおかげで私が目覚めたんでしょうか。みんな懸命に生きていますからね。みんなそれほど物がなくても幸せそうです。そういう人たちを見ていると、私たち人間を、時代や場所に関係なく支えているのはひたむきさや誠実さであることがしみじみと感じるんですよ。そういうのを普遍的な価値というんでしょうね。それに人間がそのものがそれほど着飾っていなくても美しいと感じるですよね。日本では女性を写真に取りたいとも思わないけど、そのうちに本格的に撮ってみたいと思いましたね。みんな控えめで穏やかでとても魅力的に見えました」

--摩耶--
「何十年前の日本の女性のようなんでしょう、」

--美佳--
「そうだと思います。人間は環境によって変わるものだと思えば諦めも付きますがね」

--摩耶--
「ねえ、ところで私お花の種をもらったのよ、庭に植えようと思っているんだけど、何処に植えようかしら、初めてだからよくわからないのよ、手伝ってくれますか?」

--本荘--
「喜んで」

    *  *  *  *  *  *  *  *

○本荘と摩耶が庭にコスモスの花の種を撒き終わる。

--摩耶--
「これいつごろ咲きますか?」

--本荘--
「初秋てすね。ところでコスモスって何処が原産だかわかりますか?」

--摩耶--
「ええ?」

--本荘--
「マヤなんですよ」

--摩耶--
「えっ、ほんと。コスモスの花言葉は何かしか」

--本荘--
「たしか『乙女の純真』とかなんとか」

--摩耶--
「その言葉ってなんてどきどきするんでしょう」

--本荘--
「『出会い』でもいいかもしれませんね」

    *  *  *  *  *  *  *  *

○本荘は居間に飾られているマヤ遺跡での記念写真や、民芸品店で買い求めたミサンガやネックレスや髪飾りをじっくりと見ている。

--本荘-- 「じつはですね、私がとても尊敬する先輩がいましてね。その方は私と同じように遺跡の写真を撮っているんですが、今度写真展をやることになりまして、それでぜひ見に来ていただけたらと思いましてね」

--摩耶--
「会場は?」

---本荘-
「××書店の三階です」

--摩耶--
「ええ、いつからですか」

--本荘--
「来月の六日からです」



    後編に続く




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