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妖幻のマヤ(後編) 小山次郎 * * * * * * * * ○摩耶は寝室にいる。鏡に向かいブラウン色のレンズのメガネをはずすとシミやシワの目立ちは始めた自分の顔をじっと見ている。そしてガウンの袖を上げて前腕に微かに残る傷跡に眼をやる。 * * * * * * * * ○女子大を卒業したばかりの摩耶は、居間で両親の薦める見合い写真を見ている。 --摩耶の母-- 「大事な取引先の社長の息子さん、摩耶のこととても気に入られてね」 --摩耶-- 「・・・・・」 --摩耶の父-- 「まあ、そんなに急ぐことはないんだけどね」 --摩耶の母-- 「次期社長さんで、とっても立派な方よ。見合いは来月の五日、××ホテルで、いいわね」 --摩耶-- 「は、はい」 (そう答える摩耶の表情テとてつもなく 不安そうである) * * * * * * * * ○見合い当日。双方の両親が同席するホテルの部屋で、美しく着飾った摩耶は見合い相手の男性と向かい合っている。 ○摩耶と見合いあいて男性は二人っきりでラウンジで話している。 (そこへ突然のように若い男が現れる。 男の表情はこわばりかなり興奮している。 そして手にはナイフを持っている) --若い男-- 「これはどういうことだ」 --摩耶-- 「違うのこれは」 --若い男-- 「俺をだましたな」 --摩耶-- 「だから、なんでもないのこれは」 --若い男-- 「嘘をつくな」 (その若い男は摩耶に近寄りナイフで切りつける。 摩耶は悲鳴を上げて身をかわすが腕を切られる) --見合い相手の男-- 「何をするんだ君は」 (怒りの表情の見合い相手の男は摩耶を かばおうとして、二人の間に割って入る。 二人の男はもつれるが、若い男のナイフが 見合い相手の男の胸に突き刺さる。 そのとき騒ぎを聞きつけたホテルの従業員 たちが駆けつけ その若い男を取り押さえようとする。 その若い男はそれらを振り切り、 階段を駆け上がる。 そして屋上に出ると、そこから身を投げる。 その若い男は即死。 摩耶とその見合い相手は病院に運ばれるが、 その見合い相手の男は死亡。 摩耶の前腕の切り傷は深かったが 命に別状はない) * * * * * * * * ○摩耶の衰えかけている自分の容貌をじっと見ている。 * * * * * * * ○摩耶は《運命同好社》と名乗る会社にいる。摩耶は瞳がガラスだまのような女の事務員と向かい合っている。 --摩耶-- 「人生をやり直したいという人のお手伝いをすると聞いているんですが?」 --女事務員-- 「ええ、そのとおりです」 --摩耶-- 「どんなことでもいいですか?」 --女事務員-- 「ええ、どんなことでも承っております。判りやすいところでは、借金取りからうまく逃げたいとか、夜逃げですね。また暴力的な男と別れたいとか、妻や夫を愛人と別れさせたいとか、 それからあまり大きい声では言えないんですが、それぞれの浮気相手に仕返しとかイヤがらせをしたいとか社会的に恥を掻かせてやりたいとかですかね。もちろんこれらの他にも違法すろれすれのところでやる依頼内容もありますけどね、なにせ私たちの社会は表向きは豊かでみんな幸せそうですが、その裏には怒りや怨恨が渦巻いておりますからね、罪に問われないなら痛めつけて復習してやりたいと思っている人が大勢いますからね。ですけれどこれらはクライアント様の幸せや利益のために行うのではありません。あくまでのそうすることによってそれまでの恨みの感情や過去のつらい思い出しがら開放され、そしてそれらのことを綺麗さっぱりに忘れて、クライアント様が新しい人生に踏み出すためにために、お手伝いすることが弊社の最優先目的とさせていただいております。またそれが弊社の喜びでもあり希望でもありプライドでもあります。ですから再度申しますが、弊社のお手伝いというのはそれによってクライアント様が幸せになったり利益を得たりするものではありません、あくまでも自分を苦しめていた過去を忘れて新しく人生をやり直すためのものなのです。決して仕返しをして気持ちがいいとか、恨みを晴らしてすっきりしたとか、そういう感情的なものではありません。むしろものすごく冷静で穏やかなものなのです。そうしないと辛い過去忘れて次の人生に踏み出すことが出来ませんからね。そのため弊社では、そうして人生をやり直すことを推奨しているだけではなく、決して感情的な解決を求めて依頼するのではないということを確約させるとともに、そのことを契約条項に盛り込んでおります。さらには、契約履行後には、それまでの相互の情報をすべて破棄していっさい関わりを持たないということになっております。まかり間違って刑事事件にならないようにするためです。それでどのようなことがお望みですか?」 --摩耶-- 「若くなって人生をやり直したいんです」 --女事務員-- 「はい、そうですね。今までそういうクライアント様はたくさんいましたので、それほど難しいことではありませんね。失礼ですがご結婚は?」 --摩耶-- 「いえ、と言いますか、この年までずっと独身でした」 --女事務員-- 「ああ、そうですか。そうですね出会いですよね、そのためには出会いが必要ですよね。それではですね。まず若返るためには、といいますか、今よりももっと若く見せるためには、まずはエステでしょうか、それに適度な運動、それにもっと若々しいファッションでしょうかね。それに関しては弊社では豊富なノウハウを持っていますから喜んで協力できると思いますよ」 --摩耶-- 「・・・・・」 --女事務員-- 「そして出会いですよね。それに関してい当社はシニア向けに集団見合いを企画している会社と提携しておりまして、そこをご紹介させていただきます。その前にまず当社の会員になっていただくための書類を書いていただきます」 --摩耶-- 「すみません、大変申し上げにくいんですが、見合いとか出会いとかではなくて、若返りたいんです、若くなりたいんです、肉体が、二十歳の頃のときのような、、、、、」 (女事務員はやや驚いたように目を見開き 摩耶を凝視する) --女事務員-- 「・・・・・・」 --摩耶-- 「・・・・・・」 --女事務員-- 「わかりました。上司に相談してみます」 ○女事務員は摩耶を残して部屋を出て行き、数分後に再びもどってくる。 --女事務員-- 「それでは当社の研究所を紹介させていただきます。そこではならあなた様のご希望をかなえられると思います。それからこれは弊社との契約書類となります、、、、、、」 ○摩耶は書き終わった契約書を女事務員に渡す。 --女事務員-- 「それでは最後にこの契約書よりも大切なことをお話します。実はこのような特殊な恩典を受けられるすべての方にお願いしているんですが、橋本様にはこれからある秘密の儀式を行なってあと、わが社が主催する会に入会していただきます。まあ、昔流に言えば秘密結社のようなものですね。これによって橋本様の最期のときまで、橋本様の名誉や財産や身の安全を守られることになりますが、その反面ここで行われる内容や儀式の様子を外部に漏らすことは禁止されています。もしそれを破れば、呪いというか、超自然的な制裁があなたに加えられることになります。いかがでしょうか入会されますでしょうか?」 --摩耶-- 「はい」 --女事務員-- 「それでは秘密の儀式のほうに行きましょうか。儀式終了次第、橋本様はこれからわが社の完全な管理下に入ります」 * * * * * * * * ○摩耶は《運命同好社》から紹介された研究所いる。普通このような研究所で働いている人は白衣であるがここではみんな黒衣である。摩耶は、濃すぎる化粧のためにまったく表情の読み取れない女と向かい合っている。 --女研究員-- 「まず単刀直入に言います。橋本様のご希望をかなえるためにはかなりの費用がかかります」 --摩耶-- 「どのくらいですか?」 --女研究員-- 「都心にマンションが買えるくらい」 --摩耶-- 「どんなに費用がかかってもかまいません」 --女研究員-- 「判りました。それでは話を進めさせていただきます。まずは弊社の開発した若返り法についてですが、ご存知のようにこの宇宙を構成しているものには、必ずと言って良いほどそれと正反対のものがあります。たとえば、陽子と反陽子とか、冷たいとか暖かいとか、愛と憎しみとかというようにですね、それですねついに私たち研究所では老いの遺伝子の反対の若返りの遺伝子なるものをを発見したのです。これはまだ発表されていません。なぜならこの結果が人類に与える影響があまりにも大きすぎるからです。そして私たちは、その若返りの遺伝子というものは、普段は休眠状態に入っているように働かないのですが、ある条件化に置くと活性化するのです。もう様ざまな動物で実証済みです。あとは人間で行うだけだったのですが、あなた様が若返りを望まれるということで、私どもはこれをこの研究を発展させる絶好のチャンスと捉えぜひあなた様の願いに添えるように協力させていただきたいと思います。それではその具体的な方法を述べさせていただきます。まず当社で開発した薬品を体内に入れてもらいます。そして時間をかけて体を仮死状態になるまで冷却することになります。それによって若返り遺伝子が活性化するのです。あとは望まれる年齢まで若返ったら、そこから体を温めてもとの体温に戻すだけなのです、、、、、、」 ○いつのまにか女研究員の隣には同じ黒衣の若い女が座っている。 --女研究員-- 「それでは年齢は何歳に設定しますか?」 --摩耶-- 「二十歳、でもどのようにして確認するんですか?」 --女研究員-- 「それは簡単です。それはあなたの脳にアクセスしてその頃のあなたの思い出と合致させるのです。二十歳の頃の最も楽しいというか思い出に残る出来事はなんですか」 --摩耶-- 「やはり成人式でしょうか」 --女研究員-- 「これで完了です、あとは後日」 * * * * * * * * ○摩耶は施術が始まる前にマヤの民芸品店で買い求めた秘薬を大量に飲む。そして摩耶は研究所から出された活性剤を服用して透明な容器に覆われた冷却装置に入る。摩耶の体が徐々に冷やされていく。 * * * * * * * * ○摩耶の入った冷却装置の周りには黒衣をまとった大勢の人が集まっている。驚愕の表情をしている彼らの眼は若返った摩耶に注がれている。若返った美しすぎる摩耶の肉体。 * * * * * * * * ○夕刻、本荘は混み合う電車に立って乗っている。何気なく横を見ると他の乗客の間からじっと自分のほうに眼を注いでいる若い女性の姿に気がつく。数秒後電車の徐行とともにその視線ははずされ、そしてその女性は降りていく。 * * * * * * * * ○数日後の夕刻、本荘は雑踏にまぎれて横断歩道を渡ろうとしている。そして何気なく横を見ると、十数メートル離れた人ごみの間からじっと自分を見ている若い女性の姿が眼に入ってくる。本荘はこの間の電車の女性に似ていることに気づく。数秒後その女性は視線をはずすと人ごみに紛れて去っていく。本荘は彼女の後ろ姿を眼で追いながら呆然とその場に立ちすくむ。 * * * * * * * * ○本荘は先輩の写真展の会場にいる。改めて先輩の写真を見ながらなにげなく周囲に眼をやると他の入場者の影から突然のように現れた女性の姿に釘付けとなった。それはこの数日間に二度ほど眼にしたどうしようもなく気にかかる女性の横顔とそっくりだった。本荘は気のせいのような気がして視線を変える。数秒後再びその女性のほうに目を転じると、じっと自分を見つめているその女性と眼が合う。本荘は軽い戦慄を覚え魅入られたようにその女性を見続ける。そしてゆっくりとその女性に歩み寄り話しかける。 --本荘-- 「もしよろしければ私の写真のモデルになってもらえませんか?」 --若い女性(若返った摩耶)-- 「私でよろしかったら喜んで」 * * * * * * * * ○本荘の友人でスタジオで、その友人が若返った摩耶にポーズのとり方などを指導しながら写真を撮っている。しばらくして本荘が若返った摩耶の写真を撮り始める。 * * * * * * * * ○本荘が自室でパソコンに向かい整理編集のために撮った摩耶の写真を見ている。だがときおり納得しかねるように首をひねっている。 * * * * * * * * ○本荘が人気ない倉庫街で若い摩耶の写真を撮っている。摩耶の服装は先日別れる前に告げた「今度からは以前町で見かけたような服装をしてくるように」 と言ったとおりに、摩耶の服装は今風のものではなかった。それは摩耶が二十歳の頃に流行っていたファッションだった。 * * * * * * * * ○本荘が入園前の遊園地で若い摩耶の写真を撮っている。本荘が少し不満そうに摩耶に話しかける。 --本荘-- 「なぜなんだろう、どうしても表情がほぐれない。気持ちだよね。まだ私に気を許してないからかな、こういうときよく言われることがあるんだけど、カメラマンを信頼するってことなんだよね。まあ出来れは好きだって気持ちになれれば最高なんだけどね」 (摩耶は急に不満そうな表情になる) --摩耶-- 「だってそれは無理じゃない、私のこと好きでもない人を好きになるなんて無理でしょうよ」 --本荘-- 「ううん、それはそうだよね」 * * * * * * * * ○運命同好社の研究所で、摩耶は担当の女研究員と話している。女研究員の前には分厚い封筒が置かれている。 --女研究員-- 「何度も念を押すようで恐縮ですか、これは契約書にもありますが、何があってもこのことを他言しないように、ですからまかり間違ってもマスコミに言うようなことは絶対にしてはなりません。もしマスコミに知れたら大変な社会問題になるでしょうから、そうなると当社としてはそれは契約違反ということで、もうあなたの今後のケアは出来なくなります。というのもこの若返り法というのはまだ完成されたものではなく、これからどんなことが起こるかわからないのでしばらくは定期的な検査となんらかの追加治療が必要とされるからです」 --摩耶-- 「どんなことが起こるんでしょうか」 --女研究員-- 「まあ、さらに若返ることは考えられませんが、いきなり普通の老い方よりも急速に老い始めるとか、その美しい肉体にとんでもない変化が急に起きるとか。まあ、そんなことになったら困るんでしょう」 --摩耶-- 「・・・・・」 --女研究員-- 「まあ、ということでですね。当分の間は今までどおりに、橋本様の行動には私どもの監視を付けさせていただきます」 --摩耶-- 「・・・・・」 --女研究員-- 「ところで出会いのほうはどうですか」 --摩耶-- 「えっ、あっ、そうですよね。私のことは知っているんですよね。ええ、とてもわくわくしています、おかげで人生をやり直しているって感じです。」 --女研究員-- 「よかったですね、私どもの橋本様のお役に立ててとてもうれしいです」 --摩耶-- 「でも、あの人、私の写真には興味があるみたいなんですが、私のことはそんなに好きではないみたいです」 --女研究員-- 「そのうちにはきつと、なにせあなたのその若さと美貌ですから」 --摩耶-- 「・・・・・」 (摩耶は安心したような笑顔になる) * * * * * * * * ○本荘と摩耶はレストランで食事をしている。テーブルの上にはカメラが置かれている。 --本荘-- 「撮られるときね、もう少しポーズィングというものを考えてほしい。私の友達から教わったようにね」 --摩耶-- 「・・・・・」 --本荘-- 「慣れたモデルというのは、撮られるタイミングというのは判っているんだよ。いまだ、このときだって、そのときにはしっかりと気持ちが入ってみんないい表情になるんだよ」 --摩耶-- 「私はだめなんですか?」 --本荘-- 「だめってことはないけど、まだまだかな」 --摩耶-- 「別に私本職じゃないですから」 --本荘-- 「そうなんだけどね」 --摩耶-- 「・・・・・」 * * * * * * ○木漏れ日の美しい公園で本荘は摩耶にカメラを向ける。 --本荘-- 「ねえ、さっきも言ったようにもう少し気をいれて、撮られるタイミングを感じて」 --摩耶-- 「・・・・・」 (聞こえないのか本荘の声にマヤは少しも反応しない) --本荘-- 「いい、撮りますよ、もう少し上を向いて」 --摩耶-- 「・・・・・」 (その声に無視するかのように何の反応を示さない摩耶) (本荘は動揺して「どうしたんだろう」と心でつぶやく) --本荘-- 「どうしたのかな?、聞こえないのかな?」 --摩耶-- 「・・・・・」 (何の反応も示さない摩耶に本荘は怒っているんだろう かと絶望的な不安に襲われる) --本荘-- 「・・・・・」 (そのとき摩耶が突然、 本荘がかつて見たこともないような、 穏やかでのびのびとした笑顔で振り向く、 その視線はカメラのレンズではなく、 本荘そのものに向けられたように) (本荘は摩耶のその表情にシャッターを切るのも 忘れて思わず見入ってしまう。だがすぐに我れに 返ったようにシャッターを押し続ける) * * * * * * * ○本荘と摩耶が海辺を歩いている。少し離れて歩いていた摩耶が後ろから本荘に話しかける。 --摩耶-- 「カメラは持っていかないの?」 --本荘-- 「うん、もう必要なくなったから」 (しばらく歩いて本荘を追い越した摩耶が 振り返って言う) --摩耶-- 「必要ないって、もう私の写真は撮らないってこと」 --本荘-- 「うん」 --摩耶-- 「なぜ?」 --本荘-- 「なぜって? カメラを向けてないときの君の表情が 何倍も良いって事に気づいたから、ていうか、 本当に由美(摩耶の仮名)のことが好きになったから」 (それを聞いて摩耶は驚いたような顔をしたあと 突然のようにふり返ると、 本荘に背へ向けたまま海に見続ける。 本荘はゆっくりと摩耶に近寄り後ろから 摩耶を抱きしめる) * * * * * * * ○摩耶(由美)は本荘からの手紙を読んでいる。 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ 私は今アフリカのかつて栄えていたという 遺跡で取材しております。 私はいつも感じているのですがこういう 人気ない遺跡にたたずんでおりますと 人生について深く考えさせられるものがあり 気が引き締まるおもいです。 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ これからの人生に立ち向かう勇気を 与えてくれそうな気がします。 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ おそらくそんな勇気がこの手紙を書くを 後押しをしてくれたと思っています。 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ 突然ですが私に好きな人が出来ました。 名前は綾野由美、年齢は二十歳、 最近の女性にはない 少し古風な感じのする美しさがあります。 控えめで清楚で、 それになんとなく謎めいていて、、、 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ 出会いは、そうそう、尊敬する 先輩の写真展です。 たしか以前、ご覧になられたらいかがですかと おすすめしましたよね。 お会いになることはできませんでしたが、 いらっしゃられましたでしょうか。 その会場でです、偶然と偶然を重ねたような ドラマチックな出会いだした。 私はこれまで人生において伴侶を 得るということは 不可能だと思っていました。 というのも、私のような生き方をしていては、 その女性を幸せに出来ないだけではなく、 その伴侶となる女性からも 私の生き方も理解してもらえないと 思っていたからです。 でも根拠ははっきりしないのですが、 私が好きになった女性には、 私のことを理解してもらえそうなが 気がしたのです。 本当は私のことを理解してくれそうだから 好きになったんでしょうけどね。 たとえもし理解してもらえなかったとしても、 理解してもらえるようにいまのしごとをやめて 安定した収入を得て、 彼女を幸せに出来るような職業に変えてでも、 それで彼女と結婚できるならそれはそれでいいと 思っているくらいです。 そのくらい彼女は魅力的な女性です。 もう少し詳しく申しますと、 彼女にはすこし不思議なところがあります。 やはり若い女性らしくときおり拗ねたり 我がままなかんじもあるのですが、 成熟した年上の女性のように、 私の言うことにはどんなことでも、 少しも言い返すことなく耳を傾けて くれるのです。 いまどきの"あう言えばこう言う" 若い女性たちとは大違いです。 それは彼女が私のことを信頼してくれる からなのでしょうが、 でもなぜそうなのかはさっぱりわかりません。 普通、男女というものはお互いを 知り合うのには、 多少は時間がかかるものでしょうが、 彼女は知り合ったときから、 私のことを判っているような感じでした。 だからそんなにまで信頼してくれるのなら、 もういい加減なことはいえない、 絶対に裏切るようなことは出来ないという 気持ちにさせてくれるのです。 他人からこんなにもひたむきに 信頼されるということが、 人間をこんなにまで前向きにさせてくれるもの だとは今の今まで気づきませんでした。 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ 今彼女との結婚を真剣に考えています。 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ 来月初めに帰国します。 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ * * * * * * * * ○摩耶は運命同好社で女研究員と話している。 --女研究員-- 「お元気そうでなりによりです」 --摩耶-- 「ええ、とっても」 --女研究員-- 「なにかいいことでも」 --摩耶-- 「ええ、まあ、ところで今日はお願いがあって参りました。じつは元に戻してもらいたいのです」 --女研究員-- 「えっ、急に、うそ、それは無理です。もとに戻すなんて、まだその研究はまだ始まってませんから」 --摩耶-- 「いいえ違いますよ。外見だけ、つまり特殊メイクで元の年齢にしてもらいたいんですよ」 --女研究員-- 「ああ、そういうことね、それ簡単です。でもどうして?」 --摩耶-- 「少し事情がありまして」 (終始笑顔で話す摩耶を見ながら徐々に表情を曇らしていく女研究員) --女研究員-- 「たしかお付き合いされていますよね」 --摩耶-- 「そのことなんですよ、私その人から結婚申し込まれるかもしれないんです」 --女研究員-- 「ほう、それでどうするんですか?」 --摩耶-- 「受けようかと思っています」 --女研究員-- 「あら、まあ、契約内容を忘れたんですか?」 --摩耶-- 「えっ」 --女研究員-- 「それには弊社のサービスによって幸せになることが目的ではないと記されているはずですが」 --摩耶-- 「それはそうですが、なぜ幸せになってはいけないんですか?」 --女研究員-- 「それは弊社の理念だからです。人に恨みを晴らさせたり、離婚させたり、夜逃げをさせたりすることが、声を大にして世間にいえることですか、仮にその人がイジメや虐待やいわれのない犯罪の被害者だったとしてもですよ。私どもはクライアント様のどのように要望にも応えますが、それはクライアント様がこれから普通の人間として生きていくためにはやむにやまれぬものどうしても必要なものだからなのです。それで何とか引き受けているのですが、前にもお話しましたよね、弊社のお手伝いというのはそれによってクライアント様が幸せになったり利益を得たりするものではなく、あくまでも自分を苦しめていた過去を忘れて新しく人生をやり直すためのものなのだということ、それは決して仕返しをして気持ちがいいとか、恨みを晴らしてすっきりしたとか、そういう感情的なものではないということ。むしろものすごく冷静で穏やかなものだということ。そうしないと辛い過去忘れて次の人生に踏み出すことが出来ないということ。それでやはりきっと起こるに違いない報復感情によって晴れ晴れとした気持ちになることを排除するためにも、最低限の倫理的な線引きを、"それによって決して幸せになることを目的とするものではない"という文言を契約内容に盛りこまさせていただいているのです」 --摩耶-- 「もし私が結婚を受け入れたらどうなるんでしょう?」 --女研究員-- 「きっと何かとんでもないことが起こるわね、結婚を受け入れるということは女性にとって人生最大の心理的変化だからね、肉体的変化でもあるわね。それに誘発されて急にものすごいスピードで老い始めるとか、なにせ当社の若返り法というのはまだ完全に確立された技術ではないですからね。私は知りませんよどうなっても。恋人の前であなたがいきなり婆になったらどんなに落胆するでしょうかね、百年の恋も吹っ飛ぶでしょうね。仮にそうならなくてもきっと何かとんでもないことが起こるはずよ。いずれにしても契約違反だから、何らかの制裁は受けてもらうわ。いいじゃない今のままで、恋を楽しむ、自由に男と遊ぶ、でも結婚はしない。結婚なんて人生の墓場って言うじゃない」 --摩耶-- 「・・・・・・」 * * * * * * * * ○摩耶が帰ったあと女研究員とその助手が話している。 --助手-- 「なんらかのショックでいきなり衰え始めるんでしょうか?」 --女研究員-- 「判らない! いや、そういうことじゃないのよ。この件は。そもそもあんなにも若返ったなんて、信じられないのよ、ああ、判らない、意味が判らない! いい、私たちはそもそも、そもそもだよ、人間が若返ることなんて研究してないのよ、あれは虚偽なのよ。老化を遅らす研究はしているけど、人間が若返るなんて、ありえないでしょう、若返りの遺伝子があるなんて聞いたこともない、みんなでったあげ、捏造なのよ。それなのにほんとに若返るだなんて」 --助手-- 「えっ、じゃこれは詐欺なんですか?」 --女研究員-- 「サギ! 詐欺だなんて人聞きの悪い。夢を売る商売、セレブ婆に夢を売る商売、立派なビジネスなのよ。それに実際に若返ったじゃない」 --助手-- 「・・・・・」 --女研究員-- 「私たちがほんとに恐れていることは、今のビジネスがだめになることなんだからね。さっきのクライアントが結婚して幸せになったらどうなるか、きっとそのことを他の人に言うだろう、そしたらたちまち噂になって、マスコミの知るところとなるだろう、そうなると私たちのビジネスが世間の知るところとなって、倫理的な問題があるとして批判の矢面にさらされるだろう、そうしたらもうこのビジネスは成り立たなくなるだろう、それを心配しているんだよ。ああ、幸せなんで悪魔が仕掛けた計略なのにさ、、、、、」 --助手-- 「・・・・・・」 --女研究員-- 「だからこの際どんな手を使ってでもいいから、あの女が結婚の申し込みを受けることを阻止しなければならないんだよ」 --助手-- 「・・・・・・」 --女研究員-- 「でも正直言って、あの女がその気ならそれをやめさせる手はないんだけどね。ああっ、そもそもだよ、五十年も若返えるなんてありえないと思わない、若返って人生をやり直すなんて、そんなこと出来るなら誰もやりたいわよ、えっ、それでなに、若返って恋して結婚して幸せになりたい、そんなこと許されると思ってるのかしら、そんなことになったら地球の秩序はぐちゃぐゃになっちゃうわよ。幸せなんて人間をだめにするっていうのに、でもなんか羨ましい、試しに私もやってみようかしら」 --助手-- 「でも私だったら永遠に若さを保てる方法を選びます」 --女研究員-- 「あっ、そう」 * * * * * * * * ○アフリカから帰ってきた本荘は摩耶の家を訪問している。摩耶は特殊メイクをして年寄りになっている。 --本荘-- 「、、、、、人から認められるということがこんなにも幸せなものだとも今まで気づきませんでした。それが私の好きな女性からですからね。もう結婚するのは彼女以外は考えられません。まさに赤い糸で結ばれた運命の人だと思います」 --摩耶-- 「それでもう決めているのですか?」 --本荘-- 「もちろん申し込むつもりです。でも正直いってとても不安です。はたして受け入れてくれるかどうか、年齢も倍近く離れていますから、、、、」 --摩耶-- 「私は大丈夫だと思うわ、女の人ってよっぽどのことがない限り断るなんてことはしないわ、突然でびっくりして多少戸惑いは見せるかもしれないが、内心はとってもうれしいものなのよ、だから少し間をおいてでも、その方は結婚の申し込みを受けると思いますよ。そう勇気よ」 (そう言って摩耶は涙ぐむ) --本荘-- 「・・・・・どうして涙を、、、、私のことなのに」 --摩耶-- 「いいえ、とても感激しているのよ。あなたを見ていると若者らしい誠実でひたむきな愛を感じるのよ」 --本荘-- 「もう、迷いません、絶対に彼女に結婚を申し込みます」 --摩耶-- 「・・・・・・」 (本荘の言葉にさらに感激を深くしたのか摩耶は 涙であふれる顔を両手にうずめる) --本荘-- 「・・・・・」 (本荘は自信に満ちた晴れ晴れとした表情をしている) * * * * * * * * --女研究員-- 「契約条項に基づいて橋本様の行動を調べさせていただいております。ついでに過去もね。それによると、はっきり言って今付き合っている男性がいますよね」 --摩耶-- 「はい」 --女研究員-- 「それで今どの辺までといいますか、どのくらい深くといいますか」 --摩耶-- 「もう最終段階といいますか、あの方は今度私に結婚を申し込むみたいです」 --女研究員-- 「ほう、それで、どうするのですか?」 --摩耶-- 「受けようと思っています」 --女研究員-- 「いや、それは参りましたね、断ることは出来なのですか?」 --摩耶-- 「絶対に!」 --女研究員-- 「判りました。ではズバリ言います。もし橋本様をその申し込みを受けるとどんでもないことがおこります。今はまだはっきりと申し上げられないのですが、なにか命に関わるようなことが」 --摩耶-- 「私のですか?」 --女研究員-- 「そうですね、他に誰か? まあ、他の人もその巻き添え食らうなんてこともあるかもしれませんがね。まずはあなたの命でしょうね」 --摩耶-- 「・・・・・」 --女研究員-- 「決意は固いようですが、正直言って本当に迷惑なんですよね。契約条項を守ってもらえないというのは。弊社のやっていることが世間に知られたら叩かれるのは目に見えてますからね。いくら違法ではないと判っていてもやりづらいのよね、世間ではそう見ないから、そうなったら倒産ですよ。どうして契約を守っていただけないのですか。そんなに難しいことではないでしょう。あなたは契約を履行するために、その結婚の申し込みを断り、そして静かに静かに行方をくらまして、あなたはその男の前から姿を消すのよ。もし結婚を承諾したらほんとうに何かとんでもないことが起こりますよ。あなたの命に関わるようなことがね。もうお気づきかと思いますが、私は魔女の末裔です。ですからその辺の魔術的なことは身に付けております」 --摩耶-- 「・・・・・」 (摩耶は終始余裕のある笑みを浮かべている) --女研究員-- 「いいじゃない、何もあんな男と結婚しなくても、あなたのその若さと美貌なら、これから何度でも恋をして人生を楽しむことが出来るのよ。今人気のイケメン俳優とか、大活躍している野球選手とか、青年実業家とか、いっぱい付き合って浮名を流して、かつてのように魔性の女とか呼ばれて人生を楽しめばいいじゃない。何もあんなくそまじめな男と結婚しなくても」 --摩耶-- 「・・・・・」 --女研究員-- 「だめ、ふう、はっきり言ってこれは警告です。絶対に断るようにしてください。そうしないとさっき言ったように生命を危険にさらすようななことがほんとう起こりますからね。私は魔女の末裔よ、何でも出来るってことを忘れないでよ」 --摩耶-- 「・・・・・」 (余裕のある笑みを浮かべている摩耶) * * * * * * * * ○女研究員とその助手が帰りの車で話している -助手-- 「命に関わるようなことってどんなことですか?」 --女研究員-- 「ないよ、あれは脅しよ。契約を守ってもらうためのね。とにかくあの女の考えが変わることを祈るだけね」 --助手-- 「でも、無理そう」 --女研究員-- 「私ってどうしてもあの女が幸せになるのが許せないみたいね。幸せなんて人間をダメにするのをわかっているくせにね。やはりあのセレブ女が幸せになるのが羨ましいのかしら」 * * * * * * * * ○摩耶は若い頃の洋服を仕立て直してもらった店にいる。 --店員-- 「お婆さまの若い頃のものですか?」 --摩耶-- 「あっ、はい」 --店員-- 「いつごろですか?」 --摩耶-- 「六十年代だと思います」 --店員-- 「昔はこういうシンプルで品のあるものが流行っていたんですね」 --摩耶-- 「・・・・・」 ○摩耶は店を出てタクシーに乗る。しばらく走った後何気なく窓から外を見ると、歩道にたたずみ自分のほうをじっと見ている男の姿を見て心臓が止まるくらい驚愕する。その男はかつて自分を殺そうとして自殺した男に非常に似ていたからだ。 ○摩耶は不安そうな表情で窓の外から夜の華やかな風景に眼をやっている。だが風景はうつろに通り過ぎるだけで脳裏はある悲しい思い出で占められている。 * * * * * * * * (摩耶は母の臨終のときに立ち会っている) --摩耶の母-- 「摩耶ごめんね。私たちは本当にそれで摩耶が幸せになると思ったのよ。私たちだけではない、会社の人たちだって誰もがそのほうが摩耶が幸せになると思っていたのよ。でも、あんなことになってしまって、本当にごめんね」 --摩耶-- 「もういいのよ、もうなんとも思ってないから」 最終章に続く ![]() |