ブランコの下の水溜り(11部)

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          はだい悠








三好はいやらしさを満面に表しては体をくねらせて笑った。その様子は足場から落ちるのでないかと危ぶまれるほどだった。


 夕方作業も終わり皆が車に乗り込もうというのに、モルタル作業をしていた国沢が一人でノラリクラリと道具を洗っていた。いっしょに作業をしていたはずの安本の姿は見えなかった。これはよくあることであったが、三好の部下に対する指示がはっきりとしないためであった。
 モタモタしている国沢を見て、いつものように三好が怒鳴るような気がしたので、清二は他人事とはいえ、あまり聞きたくないと思い、バケツなどを軽く水洗いをして、国沢が早く終わるように手伝った。
全部洗い終わったころ、安本が現場の奥のほうからバケツを下げて出てきた。どうやら安本も帰ることを知らなかったようだ。
 三好はいつものように帰ることを急がなかった。現場近くの店からタバコを買ったり、道を通る若い女をじろじろ見たりしてのんびりしていた。そこへ国沢が歩いていって何やら話しをすると、三好が驚いたような笑みを浮かべて、車に乗りかけていた他の者に「国沢が飲み物をおごるそうだから一本ずつ取れよ」言うと、皆は自分の飲み物を店の冷蔵庫からとった。
 国沢は暑さで上気した顔を嬉しそうにゆがめて笑った。
 皆が乗り込むと車はいつになく和やかな雰囲気で走り出した。
 上機嫌の三好は道を歩いている若い女に声をかけることを忘れなかった。
 しばらくすると、国沢はだれかに話しかけるというわけでもなく、怒鳴るようにしゃべりだした。
「土曜の夜、アイツはいったい何者だ、鈴木いるかだって、オレの部屋に居るわけないのに、二時だよ、夜中の二時にだよ。いきなりドアを叩きやがって、びっくりさせやがってよ、今何時だ思ってんだと、怒鳴りつけてやるかと思ったよ。あいつにみんなたたき起こされたんだから、夜中の二時だぞ、アイツは相当に悪そうな男だったな、、、、」
と横に座っている安本に同調を求めるように言うと、安本は軽く「ああ」と応じた。
 それは土曜に夜のことであった。明日は土曜ということで十二時近くまで起きていた清二がベッドに入って数分たつと、ノックの音に返事をするまもなく、鈴木が入ってきた。そしてドアに鍵をかけると、だいぶ飲んでいるらしく、呂律が回らないようすで、 「今晩ここに泊まるから」
と清二に申し訳なさそうに言うと、そそくさに隣のベッドにもぐりこんだ。
 次に清二が目覚めたのは、外のざわつきを感じたからであった。
 国沢の言うところによると、それは深夜二時ごろになる。
 ドスの効いたガラガラ声で、
「鈴木はいないか?」
という男の声が、国沢の部屋のほうから聞こえてきた。
 その男は応対に出た国沢と何やら話していたが、鈴木がいないいと判ったのか今度は、今度は久保山の部屋のドアを
「鈴木」
と叫びながら叩きだした。まもなくノックの音は止み、しばらくは鈴木の所在を訊ねるその男の声が聞こえてきた。そしてドアの閉まる音とともに
「鈴木」
と叫ぶ声がいちだんと高く聞こえてきた。
清二の部屋の方へ向かったようであった。
清二は無視するつもりでいたが、男が大声で叫びながらドアを叩いたので、鈴木はあまりの突然に驚いたのか、それとも多少予期していたせいか、ぴょこんと起き上がると急いで入り口のところに行きドアを開けた。
それからドスの効いた声でその男の脅迫が始まった。
脅迫といっても、弱いものイジメやいやがらせではなく、全面的に鈴木が悪いようだった。それは鈴木が借りた金を約束の期限までに返さないで逃げ回ったことに原因があるようだった。
鈴木はいっぺんに酔いが覚めたらしく、自分から進んで正座をして、首をたれ、その男の言うことにはいっさい逆らおうとはせず、小さい声でただ
「ハイ、ハイ」
とだけ答えていた。鈴木が酒乱であることを知っていた清二は、最初はどうなるか少し心配していたが、その態度を見て、何も起こりそうでないことがわかったので、安心して聞いていた。
男の脅迫で思わず吹き出しそうになったのが、 「今度約束を守らなかったら、近くにある缶詰工場でお前なんか缶詰にしてしまうぞ」 と言ったときだった。それでも鈴木は心からの恭順さを表すように、正座の姿勢を守ったまま猫なで声で
「ハイ、ハイ」
と返事をしていた。その男は最後に寝たふりをして聞いていた清二の頭を
「あんちゃん、寝ているところわりいなあ」
と言ってなれなれしく清二の頭をなでて帰って行った。
 これが国沢が憤慨した土曜に夜の顛末である。
 清二は夜中にたたき起こされたときにはその非常識さを思い腹を立てたが、今は事情も判り、それにもう済んだことと思っていたので国沢ほどの憤りはなかったが、何となく国沢に同調したい気持ちであった。しかし国沢の次の言葉を聞いてその気持ちいっぺんに吹き飛んだ。
「鈴木さんは、あれなんだってな、生活保護を受けるために奥さんと別れたんだってな。今も別れた振りして行き来してるんだってな」
 事情を知っていた清二にとって、聞くに耐えないことであった。
「なにも知らないくせによくまあ根も葉もないこというヤツだ」
と思うとただ反発を覚えるだけだった。それに国沢がどこからそういう情報を仕入れてきたのか不思議な気がした。国沢の言ったことに対して誰も同調するものがなく、しばらく沈黙が続いていたが、国沢が突然ように清二に話しかけてきた。
「清二君は、あんまり大人しすぎて女にもてないだろう」
「そう、もてないね」
と清二は少し間を置き、国沢のほうを見ながら応えると、国沢は声にこそ出さなかったが、眼を大きく開き人を食ったような笑みを浮かべた。隣りに座っていた安本は国沢の言葉が清二を侮辱したものに聞こえたらしく、怒りを抑えるようにという感じに清二のももを手で軽くたたいた。しかし清二は怒りはまったく感じていなかった。それよりむしろ国沢がこのあいだとまったく反対のことを言ったので、奇妙な感じがして皮肉な笑みが浮かんできた。
 車が会社の事務所についたときに外は薄暗かった。


 今日はアキラが辞める日になっていた。今まで辞めて行ったものと違って、そのことは前々から皆に知らされていた。その理由としては、朝が早すぎて車の運転が辛いらしく、今後は板前の修行を始めるらしかった。そのほうが彼には合っているというのが周囲の一致した意見のようだった。最初はトオルもいっしょに辞める予定だったが、社長の要望によりこのまま続けることになったようだ。加藤がいなくなった今、残ったものの頼りなさを思えば、将来性のある若者を二人とも失うことは忍びがたかったようだ。
 社長のまえでアキラは、少年のようにかしこまり、いままでお世話になったお礼を言った。そして仲間のものにも陽気に別れの挨拶をした。かつては軽薄で小生意気な若造と思ったことはもあったが、いざ別れとなると幾分しんみりとしたものを感じた。


 国沢は酒を飲んでからむ相手がいなくなったせいか、さっそく久保山の部屋に出入りするようになった。
 清二が久保山の部屋のまえを通りかかったとき、開けっ放しのドアから、別人がと思われるほど、満面に嬉しそうな笑みをたたえ酒を飲んでいる国沢の姿を見ることができた。そのうちに自分で手拍子をしながら歌う国沢の歌が聞こえてきた。奥山のときもそうであったが、久保山は国沢のような人間の扱いを心得ているようであった。
彼らの日頃の不満を辛抱強く聞いてやり上手になだめているのである。そして彼らからはまるで兄貴格のような存在として信頼され慕われているようである。同じ酒飲みとして何か通じるものがあるのだろうか。
しかし清二にとっては何となく不満であった。清二がイヤがっていてまた他の者からもイヤがられているものに対して親切にしてやることへの僻みもなかった訳ではなかったが、いや、むしろそのことは彼の度量の広さに敬意を払うべきことで、事実清二は久保山に対していろいろな面で敬意を払っていた。しかしその割には久保山の清二に対する態度に心なし冷ややかなものがあったのも事実である。それはあの清二が不注意で版を落として久保山の腰をいためさせて以来、信用を失ったということもあったが、久保山の日頃の態度のなかにどことなく侮蔑的なものを感じていたからである。
 清二の部屋に移ってきた安本は、清二に気を使っているせいか、多少落ち着きのないところがあったが、国沢のような人間とは明らかに違っていて、はるかに話しの判る男であった。清二も気を許すことができた。酒は飲むようであったが、オレはあういう飲み方はしないと、国沢を批判的に言っているところからすると、それが部屋では酒を飲まない清二に対して気兼ねして言っているのかどうかは定かではなかったが、部屋で酒を飲むことは好まないようであった。
 清二がテーブルを前にしてくつろいでいると、安本が清二の斜め前に座り真剣な表情で話しかけてきた。安本は訛りのある早口で喋るので、それに少し要領を得ないところもあり、最初は聞き取りにくかったが、くり返し話すうちに、言いたい事がだいたい判ってきた。それによると彼はここに来る前はガードマンをやっていて金まわりも良かったそうだが、何かの理由で(このことは彼は言わなかったが)辞めることになった。しかしそれと同時に収入も途絶えたわけで、そこで彼はマンションの家賃を払うために急場しのぎにここに来たということであった。そしてその家賃の五万円を社長が前借りさせてくれるかどうかということであった。
 不安そうに見詰める安本の視線をはずすようにしながら清二が言った。 「むずかしいね、まだその分働いてないからね。社長は半月異常働かないと前借りさせないといっているからね。その日その日の生活費は出すといってるけどね、だって腹が減っちゃ仕事にならないからね。五万となるとちょっと難しいかな、、、、」 「やっぱりだめかな、、、、」 そう言いながら安本は視線を下げテレビのほうに眼をやったが、清二がしゃべりだすとふたたび清二をじっと見つめ始めた。
「でも今週の終わりにはやく半月になるしその分も働いているから、うまく頼めばもしかしたら出してもらえるかもしれないよ。でもいいじゃないの少しぐらい遅れたって、そのマンションの管理人に事情を話せばわかってもらえるんじゃないの。顔を合わせづらいといっても、払わないで夜逃げするわけじゃないんだから、いずれは払うんだから、もっと気楽に考えたら、俺だって前にアパートに居たとき一ヶ月ぐらい遅れたことがあったよ。事情を話せばきっと判ってもらえるよ」
 しかし安本は納得がいかないようであった。一日でも早くその後万円がほしそうな口振りで、先ほどの話を繰り返した。そして自分は前借りの金を持っていったきりそのまま帰ってこないように人間ではないと強調した。
 清二を彼を信用していないわけではなかったが、彼がなぜそれほどこだわるのか不思議であったので、同調する気持ちにはなれなかった。そしてもう一度、気にすることはないと言い聞かせたが、それでも彼は納得がいかないようで、まるで自分が生死のかかった苦境に陥っているかのような真剣さで前の話を繰り返した。
 清二は彼の律儀(?)さを認めないわけではなかったが、それほど深刻な問題ではないと思い、笑みを交えて気楽に話しかけるのであったが、彼は表情を崩さず一本調子に自分のことだけをはすので会話の楽しさは感じられず清二にとっては苦痛であった。それに清二が話しているあいだじゅう、まるで物を見るような眼つきでじっと見つめる彼の視線がイヤで、ときどきテレビのほうに眼をやって注意をそらそうとするのであるが、それでも彼は瞬きもせず見つめているので不快さというよりはむしろ不可解さを覚え、なんとなく煩わしくなった。そこで清二はタイミングを計って話を切りげるベッドに入った。すると安本もベッドに入った。
 清二は話を途中で切り上げた後ろめたさもあったのでベッドにはいったまま安本に話しかけた。
「マンションに住んでいるって凄いじゃない。そんなところに一人で住んでるなんてもったいないね」
「一人じゃないよ、女房がいるよ」
「へえ、結婚しているの」
「でも、逃げられちゃったけどね」
「どうして?」
「女を連れ込んで女房の前でやったのさ、そしたら怒って出ていっちったよ」
「それじゃ誰だって怒って出て行くよ、眼の前でやられたんじゃなあ」
「へっへっへっ、それにあんまり金も入れなかったしときどき暴力も振るったからね」
「悪い男だな、女に暴力を振るうなんて、男には暴力を振るわないの?」
「ううん、若いころはよく酒を飲んでけんかをしたよ」
「すると今はやらないのか、その方がいいよ、さけ飲んで喧嘩したって何の特にもならないからね、とくに相手が国沢みたいのなら、喧嘩するだけ損だよ」
 安本と話しているうちに何となく気持ちが和んできたので清二は、タバコを吸うためにベッドから出てテーブルの前に座った。するとすぐ安本も降りてきた。どういうわけか彼は行動をともにしたがるようであった。
そして清二の斜め前に座りにこやかな表情で話し始めた。
「なに、オレは結婚しているように見えなかったの?」
「だって、いままでここに来るような人には結婚している人はいなかったからね、それに今ここに居る人でも、結婚している人はいないよ、結婚してた人はいるけどねでもみんな逃げられたり愛想つかされたりして別れているよ。それでよりを戻すつもりはないの?」
「オレより五つ年上でさ、いいとこあるんだよ、けどこっちら連れ戻すに行くわけには行かないなあ、たぶん今は姉の家に居ると思うんだ。姉のだんなって言うのはプロボクシング協会の会長をやっているんだよ」
「へえ、すごいんじゃない」
と清二は言葉の割には冷静に言った。清二の驚き方が足りなかったせいか、安本は先ほどのような真剣な表情に戻りじっと清二を見つめながら
「嘘じゃないよ、本当だよ」
と付け加えた。彼はもっと別な反応を期待していたようだった。清二は彼のいうことを疑っているわけではなく、ただ彼の関わっている世界にあまり興味がなかったので、冷静な反応しただけであった。
「すると会長の義理の弟になるわけか、それじゃ試合なんかただで見られるんじゃないの?」
「うん、見れるよ。前はよく選手といっしょに飲んだことあるよ」
「そうか五つ年上の姉さん女房か、そうだな安本さんは年上の女性にもてるタイプかもしれないな」
 安本はテーブルの上にあった鏡を手に取り、自分の顔をまじまじと見ると、笑みを浮かべながら
「似てるだろう」
といった。清二が
「誰に?」
と言うと、彼は日本で最も男性的といわれる俳優の名前を言った。そして清二の反応を覗うようにじっと見つめた。
 清二はあまりにも意外だったので、ああと、曖昧な返事をしたが、彼のものを見るような視線を受けていると何となく気まずい雰囲気になった。誰が見たって似ていると思わないのに、いやむしろとてつもなく貧相に見える顔に違いないのに、彼がどういうつもりで言ったのか、つまり冗談を言って笑わせようとしたのか、それとも本心で言ったのか、清二にはまったく検討がつかなかったので、笑っていいのかも、お世辞にも
「似てる」
と言えばよかったのかも、途惑いを感じたのである。
 清二は会話を楽しみながらうちとけた気持ちで話しているつもりだったが、彼の不可解なまなざしを思うと、二人のあいだにはまだまだ咬み合わない所があると思った。


 翌日の火曜日、今日でこの現場は終了することになっていたが、モルタル作業は、安本と国沢の二人でやっていたにもかかわらず終わりそうになかった。それを心配してか三好が苛立ち始めたので、清二の提案によって清二が安本と交代することになった。
 国沢は年のせいか動作がのろくそれに生来の不器用さのためか作業はとにかく遅かった。彼は決して怠けているわけではなく彼は彼なりに額に汗していっしょうけんめいなのであるが、それでも清二とは歴然とした差があった。しかしそれは年齢や器用さのほかに経験にも大きな差があることなので仕方がないことであった。
 清二が手伝ったので作業も順調に進みこのままのペースで行けば昼までには余裕を持って終わりそうな気配であった。
 国沢が近くで作業をしていたので清二が穏かに話しかけた。
「三好さんがまだ終わらないかと聞いたら、まだまだ終わりそうにないということにしよう、もうじき終わるなんていったら、次の仕事が待っているからね。今日のうちに終わればいいんだから、時間をかけてゆっくりやろうよ」
 もちろん清二は、自分より目立って作業の遅い国沢に気を使った言ったつもりであったが、国沢は聞こえないのか、無表情のまま何にも答えなかった。
 工事も無事完了して安堵感がみなぎっている帰りの車のなかで、清二と安本が他愛もない世間話をしていると、国沢が突然怒鳴るように喋りだした。
「まったく意気地のない野郎だぜ。ちょっと脅しただけで『悪かった』だとよ。いまさら誤ったって遅いんだよ。このあいだの日曜、前に居たところにいって連れ出して脅したんだよ。人をあごで使いやがってよ、スパナで頭を小突いたら『悪かった』だとよ。上で命令してるときは偉そうにしてたくせによ、ちょっと脅しただけでビビリやがってよ。からっきし意気地がないんだから、辞めたら上でも下でもないんだからな、ろくでもないやつだから仲間といっしょに脅したんだよ。そしたら奴め警察にいいつけやがって、ユスリをやったとかで調べられたからな、金を取ってねえからユスリにならなかったけど、あんな奴ゆすられたってかまいやしねぇんだよ」
 不遜な眼つきで、ときおり薄笑いを浮べて、特定の誰かに話しかけるというのでもなく、独り言のようなその毒々しい喋り方には、もちろん誰も口を挟む余地はなかった。
  彼はいったいどういう意図でそのようなことを言っているのか、清二には見当がつかなかった。強がりなのか?脅迫なのか?脅迫なら誰に対しての脅迫なのか?まったく不可解であった。
 宿舎に帰った安本は、昨日のようにくつろいで清二の斜めまえに座り、社長に前借りを断られた経緯を喋りだした。そして最後に
「オレはまだ信用されてないんだな」
と悔しそうに言った。清二はなぜ彼がそれほどこだわるのか判らなかったので、慰める気にもなれなかった。ただ昨夜のようにそれほど気にすることはないと説得したが、結果は同じであった。もちろんそのあいだの彼のものを見るような目つきは変らなかった。清二は思い切って視線を合わせたが彼は少しも動ぜず瞬きもしないでじっと見つめ続けた。
 不安を表しているとも脅威を表しているともつかない彼の冷たい視線は、ちょっとしたきっかけで侮りへと発展していきそうにも、またその逆の恐怖へと発展していきそうにも感じられたが、結局彼は真意を感じ取ることは出来なかった。 ただ長く眼をあわせていると殺伐として無秩序な世界に引き込まれそうな気がして、思わす身震いを感じるほどであった。
 世も更け、清二がトイレに行こうとして外に出ると、夜の静寂さを突いて大声で話す男の声が、路地を出た道のほうから聞こえてきた。聞き覚えがあるので耳を澄ましていると国沢の声であることが判った。その声はほとんど怒鳴り声に近かった。清二は何事かも思い、路地から道のほうを見ると二三十メートル先の路地のところで、高い石垣を背にして並んで立っている中学生ぐらいの男女に向かって国沢がなにやら説教しているようであった。その男女はここ一ヶ月、ほとんど毎日のように夜十時ごろになると、その薄暗いところで会って話していた。最初の頃は近くによって話しいてるだけであったが、最近ではピッタリ抱き合って話しているようになっていた。
 清二は銭湯の帰り道毎晩のように見ていた。風呂あがりのんびりとした気分で歩いていると、薄暗い路地にいきなり彼らの姿が現れるのである。判っていたつもりでもビックリさせられるので多少目障りであったが、小言を思いつくほどではなかった。しかし国沢にとっては、どうにも我慢の出来ないものだったらしい。少し距離があるので国沢が何を言っているのか聞き取れなかったが、中学生相手に、それにどうでもいいようなことなので、彼の脅迫口調にはなんとも滑稽な感じがした。
 国沢の暗がりでも説教に効き目があったらしく次の晩からは彼らの姿は見えなかった。


 翌日は新しい現場であった。昨日のメンバーからトオルと安本が抜け、代わりに久保山と鈴木が加わった。
町場にしては珍しく五階建てのビルであった。コンクリートの搬入だけで夕方まで掛かりそうだった。
 版の搬入は、まず一トンもある晩の塊をクレーンで吊り上げ、それをうまく誘導して、建物内に引き込むのであるが、危険作業であるため、その一連の工程を把握した熟練者が必要とされた。特に版の引き込み作業は、版を傷つけたりしないように細心の注意と微妙なタイミングが要求されるのでかなりの経験者でないとできなかった。
 三好の陣頭指揮で作業が始まったが、彼のいつもの頼りげない感じはなく、人が変ったようにはつらつとして、さすがに経験者を思わせるべく、指示も的確で動きも機敏であった。これには日頃から批判的であった久保山もかなわなかった。彼は他の仕事での知識を元に作業を行おうとしたが、三好と衝突して簡単に退けられた。
 清二にとって彼の行為はでしゃばりに見えた。このように経験が者を言う世界では、その仕事において少しでも先んずる者のやり方が正しく、他の仕事での知識ややり方は役に立たないのである。むしろ余計な知識はかえって邪魔であった。
 緊迫感のもとで引き込み作業をしているとき、国沢がぎこちない動きで手伝おうとしたが、危ないからどけと怒鳴られた。国沢は引き下がったが、顔を真っ赤にしてかなり不満そうであった。国沢は良かれと思って参加したのであるが、しかし要領を得ない手伝いはかえって邪魔であり危険でさえあった。しかし彼のプライドは傷ついたらしく、その場に居合わせた現場監督に向かってなにやらブツブツと言っていた。
 これは奥山もそうであったが、国沢のような人間に共通したことであった。彼らは入りたてのときの清二とは違い、どんなに作業に不慣れでも、ボンヤリと見ていることはなく、まるで目立ちさえすればいいかのように積極的に参加しようとした。このような作業現場で長いあいだ仕事をしているうちに、怠け者と思われるのがいやで、そのような見せかけの行為が自然と身についたのであろうか。
 これに関して以前国沢が安本に向かって得意げに言っていたあることを清二は聞いたことがあった。それによると、手配師による道路工事などの作業では、けっこう暇で、サボる気ならいくらでもサボれるが、ただその場合ボンヤリと立っていてはいけないそうで、用もないのに歩いていたり屈んでいたりして、他から見てもいかにも仕事をしているかのように見せなければいけないということであった。
 清二が入ったときは、これとはまったく正反対であった。巨大なクレーンの動きや、版の重量感に圧倒されて、ついボンヤリとしがちで、それに仕事の内容も段取りもまったく判らなかったので、仲間の作業を見がちであった。もちろん清二自身は頭の中を空っぽにしてボンヤリ見ているわけではなく、不安感や恐怖感とともに、荒々しくも躍動感に溢れる現場の雰囲気に驚嘆したり、他の作業員の動きを観察しながら、全体の作業把握しようと頭を使っているのである。しかし周囲から見たらどんなに頭を使っていようと、体を動かさなかったら、仕事をサボっているとしか見えないのである。 そういうとき三好や石田の怒声が飛ぶのである。
しかしかといってどう動いて良いのか判らないのである。怒鳴られるのがイヤで下手に手伝ったりすると邪魔臭いということでまた怒鳴られるのである。まさに踏んだり蹴ったりであった。
 実際清二はそれでストレスがたまると版を蹴っていた。
 結局仕事に慣れるしかないのである。それにどういう作業があるか前もって説明があるわけではなく、いきなり本番なのであるから、正しいとされる親方たちの動きを見ながら要領を覚え、、全体の流れのなかで自分の役割や位置をじょじょに獲得していかなければならないのである。
 このように自分が関わらなければならない巨大なる物に初めて接したとき、その動きや重量感に圧倒され、恐怖感や不安感を覚えるのは凄く正常な反応なのだ。あとは慣れることによって、じょじょにその恐怖感や不安感を克服していくのである。その慣れは自分の肉体を通しての自分の触覚の開拓である。だから恐怖感や不安感を覚えるのは自分の触覚の世界が閉ざされているということである。たとえばこの場合、コンクリートの重量というものは、いちれんの肉体の動きのなかで、手や足腰の感覚を通じて自己の触覚の世界の広がりを感じ取ることである。それによって、力のかけ具合や自己の肉体の限界や、どういうことが危険な行為なのかを覚えていくのである。そし微妙なタイミングを把握できるようになり、無用な力が抜けたスムースな動きができるようになったときに初めて恐怖感や不安感がなくなっているのである。
 このように微妙な触覚の世界によって決定される作業には、その作業に会った特有の方法が経験によって自然と生まれてくるのである。これが久保山のほかの仕事での知識が実践的にはあまり役に立たないということの理由である。見せ掛けで手伝おうとする国沢の場合には、本人が触覚の世界を把握してないから危なっかしさとなって現れるのである。

 国沢がふたたびどう見ても不器用とわかる動作で作業に参加しようとした。(なぜ不器用となるかというと次のような理由からである。作業がチームワークで順調に流れているときの不慣れなものの動きは非常に眼ざわりとなり、その不手際にはみんな冷酷に見えるほど容赦しないのである)
 すると三好に
「危ないから手を出すな」
と怒鳴られた。それでも国沢は自分でも出来るということを見せようとしたのか、 「大丈夫、大丈夫」 と呟きながらその場から離れようとしなかった。しかしどうみても危なっかしく、三好の再三の静止にもかかわらずあくまでも強情を張るので、周囲からはいっせいに非難の声が上がった。国沢はしぶしぶその場を離れたが、怒ったような表情で不満をあらわにした。しかし今度は不満をぶちまける相手がいないのでブツブツと呟くだけだった。
 その後彼は補助的な仕事にまわっていたが、それでもなかなか要領を得ないので文句が出た。ついには久保山や鈴木にまで休んで見ているように言われて、邪魔者扱いされるようになった。
作業がチームワークで順調に動いているときの不慣れな者の参加は苛立つほど眼ざわりとなり、その不手際には容赦しないのである。このように作業に足手まといになるものには、周りのものが冷酷に見えるほどいっさいかまわないのである。だからそのままダメになるか、そこから這い上がってくるかは本人の努力しだである。
 国沢はそのプライドの高さを思わせるべく眼をギョロつかせながら悔しそうに顔をゆがめた。彼は彼なりに状況を把握して自分なりに考えた方法でやっていたつもりであろうが、作業の流れや決められた方法に従わなければならないのである。彼の途惑いぶりは見ていて見気の毒なほどであった。清二も自分の考えや言い分が、たんなる口答えや言い訳としか受け取られなかったときの悔しさは何度も経験していたので、彼に同情したい気持ちであったが、作業しているときは自分のことで精一杯で他人のことをかまっている暇はないのである。
 結局彼は最後まで満足な仕事は与えられなかった。夕方まですべての搬入作業は終わった。
 国沢はあと片付けをいいつけられ、清二は版をチェックする三好の後を図面を持って付いて歩くのが最後の仕事となった。

 今日の作業無事終えた満足感を持って皆が帰りの車に乗り始めているとき、清二の後ろに座った国沢が、 「こいつは何にもしないんだから」 と誰かを批判するように言った。
 いつもの独り言かと思い清二は軽い気持ちで聞き流していたが、そのあとすぐに、横に座っていた久保山に話しかけるように
「こいつ、清二は、お高く留まって、後片付けをしないんだから」
と聞こえよがしに言った。
 久保山はやや驚いたような声で相槌を打ったが、自分のことを非難していることがはっきりと判った清二は、国沢の毒気ある視線を背後に感じながら
「何を寝ぼけたことを言っているのか」 と瞬間的に腹を立てた。だが、国沢は座席に落ち着いたのか、それ以上何も言わなくなり、それに面と向かって言われたわけでもないので、言い返すきっかけがえられず、結果的にはそのまま黙っていることになった。しかし内心は、なぜ自分がそんなことで非難されなければならないのかと思うと、腹立たしさと不可解さでいっぱいだった。成り行きにせよ、清二が国沢の非難を無視したように黙っていたことが、彼の清二に対する考え方にある変化を与えたようであった。
 その晩七時ごろ清二は洋子に電話をかけるために外に出た。
 というのも夕方事務所を出ようとしたとき、林田という女の人から連絡があったことを社長から言われたからである。
 内容は洋子の家に来て見ないかということだった。清二は深い理由はなかったが断りたかった。しかし以前断ったのに、また誘おうとしたのには何か訳があるのだろうかと思い、それに電話での洋子のこえに明るさが感じられず、何となく気にかかったので明後日の晩に訪ねることにした。

 清二が電話を終えて戻ってきたとき、宿舎は不思議なほど静かだった。国沢の部屋は電気がついていたが人の気配はなく、久保山の部屋も電気が消えており、安本もどこかへ出かけているようであった。


 清二が部屋でくつろいでいると、ドアを叩くものがいた。清二が返事をしながら立ってドアをあけようとしたが、ドアは外がらあけられ、そこには国沢が立っていた。
 国沢は今までの彼にしては割りと穏かな表情で部屋覗き込みながら
「鈴木さんはいないか」
と訊ねたので清二は
「ここにはいないよ」
と何気なく答えた。しかしその薄笑いを浮べた覗き方が何となくわざとらしく、清二はイヤな予感がした。
国沢は鈴木がいないと判っても落ち着きのない素振りで外を見たりしてなかなか帰ろうとしなかった。そしてそのイヤな予感が当たった。国沢はいきなり苛立ったようにとげとげしく話しかけてきた。
「おい、清二、おめえ、今日なんであと片付けをしないんだ。オレが何度階段を上がり降りしたか判るか。オレだけじゃねえ、久保山さんだってあと片付けをしたんだぞ、おめえは何にもしなかったじゃないか、それでいいと思っているのか、気取るんじゃないよ」
 清二は仕事のうえでまだ何にも判らない国沢にそんなこといわれる筋合いはないと思うと、無性に腹が立ったが、何とか冷静さを装いながら 「俺は三好さんの命令で、、、、」 と言いかけたが、あまりの腹立たしさで、思わずその後は大声で怒鳴りつけそうになった。しかし、清二がそうのように言い返しはじめると、国沢は急にいきり立ち、怒鳴るようにして清二の話をさえぎったのでそれ以上言うことはではなかった。
「何をいうか、いいか、おめえが図面を見るなんて百年早いんだよ。判りもしねえくせに、それになんだ、安本がこっちに来たのになぜオレに断らないんだよ。先輩ならそれくらいのことしても良いんじゃないの? このあいだ、なんだあれは、バケツを適当に洗いやがってよ、あんなんじゃモルタルがくっついてあとで使うもんが大変じゃねえか、人の身になって考えたことあるのか? あんな洗い方するならかえって手伝ってもらわないほうがいいよ」
 今の清二には先輩ぶって威張り散らすのはやめようなどという気持ちはまったくなかった。しかし国沢の話はあっちこっちに飛んでまとまりもなく、それにあまりにもムチャクャなので清二は言い返す言葉が見つからなかった。それに表面上は冷静さを装っていたが、国沢の怒気を感じているとなぜか興奮してきて美味く言えそうになく、たとえ言えたとしても怒鳴りあいになりそうな気がした。少なくとも彼の怒声は、夜の静けさを通して周囲の家々にも聞こえているに違いないと思うと、それだけはみっともないから何とか避けたかった。
 清二は壁を背にして座っているので入り口に立つ国沢に対して横を向いている形になり、眼を合わせなくても済んだ。怒気を帯びた国沢の眼を見ることを何となく恐れた清二にとってはちょうど良かった。国沢には部屋に上がろうとする気配はなかった。
 国沢は喋り始めるときは怒鳴るように始めるのであるが、だんだんそれも弱まり、最後のほうは普通の話し方になるのである。そして思い出したようにふたたび怒鳴るように次の話しを始めるのである。「 「なぜ黙っているんだ、このやろう、とぼけやがって、オレはなみんなの前で言っちゃ悪いと思って、こうやって皆がいないときに来て言ってるんだぞ」
 清二は黙っていたくて黙っているわけではなかった。言い尽くせないほど腹が立っていたのである。しかし何かを言おうとすれば、言葉を出す前におそらく取っ組みあいの喧嘩になるだろうと思った。それを抑える自身が自分にはなかった。もしそうなれば、どちらかが怪我をするか、下手をすれば最悪の状態になりそうな気がした。そして警察沙汰になり新聞に取り上げられるかもしれないと思った。それだけはどんなことがあろうと避けたかった。なぜなら国沢のような人間を相手のしての新聞沙汰はどう贔屓目にみても不名誉極まりないからである。
 国沢は酒を飲んでいる気配はなかった。それなのになぜ彼がこのような些細なことで怒り狂うのか、清二は理解できなかった。もちろん彼の言い分にも少しはもっともと思わせるところがあった。しかしそれは怒って言うほどのことではないような気がした。仕事上でのちょっとした行き違いや誤解はよくあることであり、そんなことは冷静に話し合えばお互い分かり合えることである。それによるコッソリとでなく昼間に皆の前で言っても別にかまわないのである。
「昨日のあれはどういうつまりなんだ。仕事が終わろうというのに、三好さんに終わりそうにないって言えって、オレに嘘をつけって言うのか、おめえは嘘つきなのか、とんでもねえ奴だな、そんな奴はオレがただじゃおかねえからな、、、、」
 国沢は全身に怒りを表し完全に脅迫口調になっていた。それは明らかに清二を挑発する行為であった。
 清二は恐怖感を覚えながら、ふと怒り狂う国沢の顔やガッシリとして体つきや、流し台の上にある果物ナイフが脳裏を横切った。清二は不条理なことを言う彼の目的がわからなかった。誰もいないときを狙ってきているところを見ると、考えようによってはゆすりに違いなく、酒代が欲しいのだろうかと思った。鈴木を訪ねてきたというのも口実に違いなかった。もし今このような興奮状態のまま何かを言い返せばそのことは同時に、彼の怒気に対して怒気を持って対抗することになり、間髪をいれずに取っ組み合いの喧嘩になることは眼に見えていた。気が小さく喧嘩のやり方が判らない清二にとっては、恐怖のあまり自分を見失い国沢を死に至らしめるかもしれなかった。もちろん国沢のガッシリとした体つきや怒気からすれば清二もやられるかもしれなかった。
 清二は腹立たしさと恐怖感で体が震えるほどの興奮を感じながら、頭では国沢に脅迫に屈して卑屈な笑みを浮べてぺこぺこしている自分の姿と、狂ったように国沢に挑みかかっている自分の姿の二つを思い浮かべていた。
「おめえはいつまでそうやって黙ってとぼける気だ。何か言ってみろ、おめえは先輩らしいところは少しもねぇじゃないか、後輩を苛めやがって、オレはな、毎晩ヤマにクドクドと言われたんだぞ。こっちの身にもなってみろ、おめえみたいなのは仲間なんかじゃねえ、おめえは全国の労務者の恥さらしだ」
 国沢に同じ労務者と思われていたことは意外であった。しかしそう見えるならそうかもしれなかった。実際に労務者のような環境の下で朝から晩まで汗と泥にまみれて働いているのだから。それ以外のものに思うことは今の自分にとっては虚栄のような気がした。それに国沢のような人間の暴力的な言葉に憤りを感じながらも、おのれの 気の小ささで声がうわずり何も言えずに怯えている惨めな人間なのかもしれないと清二は思った。
「まあ、今日はいいか、鈴木さんにオレがきたって言ってくれ、、、」
 誰かがかえってきたのだろうか、国沢は急に穏かに話し始めた。
「言っておくよ」
と清二が冷静さを装いながら言うと、国沢は自分の部屋のほうに歩いていった。
 清二は彼の後ろ姿を眼で追いながら、せめて職人見習いぐらいには言って欲しかったと冗談ぽく思ったが、暗鬱な気持ちだけは変らなかった。


   清二はなぜ自分がこういうめに会うのか判らなかった。仕事しているとき国沢を怒鳴りつけたり、邪魔者扱いして彼のプライドを傷つけたわけではないのに、むしろそうしないように心がけてきたつもりであった。国沢は昼間、三好たちにボロクソに怒鳴られ、能無し扱いにされた。プライドの高い彼にとっては、そのことは気が狂わんばかりに悔しいことであったに違いない。しかし上のものには何も言い返すことはではない、そこでその腹いせに大人しそうで弱そうな清二を選んで八つ当たりをしているとしか思えなかった。もしそれが本当なら清二は何か裏切られたような気がした。
 翌朝、すれ違ったりするたびに侮るよう眼つきで臆面もなく自分を見る国沢の視線が気になったが、まさか朝っぱらから言いがかりをつけるまいと思い、清二は無視することにした。そんな憂鬱なまま現場に向かう車に乗ったが、同乗していた国沢が真っ先に言いはじめたことは意外にも安本のことだった。
 昨夜、清二がベッドに入ってうつらうつらしていると、突然意味不明のわめき声が聞こえてきた。そしてしばらくすると安本が部屋に入ってきて、何事もなかったかのように大人しくベッドに入って寝たようだったが、国沢話しによるとは、安本は酔って国沢の部屋に行くと、凄みを利かせて国沢にからんだのだそうだ。そしてわずか五万円を前借りさせてくれない社長の悪口を言ったのだが、それだけでは飽き足らず、外にでてわめき散らしたのだそうだ。
 国沢は清二に対する昨夜の行為を忘れたかのように、安本のことを
「夜中にあんな叫び声をあげたら近所に迷惑だろう」
と憤慨しながら言った。
 後から安本から聞いたところによると、前に絡まれたときの仕返しとしてやったということだった。
「怒鳴りつけたらビビリやがんの」
と安本は無邪気に笑いながら言った。どうやら彼は酒を飲まないと度胸が定まらないようだった。
          










     
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